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みらいひめ  作者: 日野
五章/石上篇  なごりをひとの月にとどめて
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二十七.燕の持ちたる子安貝

「うう、苦しいよ、アイくん。助けて」


 泣きそうな顔で言われてもな。普通なら嫌なのだが、そんな深雪でも助けたくなってしまうのが相田周太郎という名のヒーローだ。で、具体的に何をすればいい?


「時間を進めてください」


 それは無理だな。美月は時間を「遡る」ことはできても進めることはできない。よって、俺たちが満員電車で気持ち悪くなりそうになっていても誰一人救いの手を差し伸べることはできないのである。なあ、片瀬。


「早朝から狭い電車にすし詰め状態なんて本当に最悪。死にたくなる」


 乗り合わせている会社員の方々に合わせる顔が無くなるのでやめて欲しい。もう少しオブラートに包んで話せないのか。


「相田、私のブラの紐に指かけたでしょ」

「断じてしてない。こんな狭いんだからぶつかるのは不可抗力だろ。お願いだから指は折らないで」


 なんで俺たちが窮屈な思いをしてまで電車に乗るのか。早朝の通勤ラッシュ時に混み合う場所へ参じているのには訳がある。今日は卒業旅行――つまり学校単位で遊びに出掛けているのだ。


 時は六月中旬。祝日も無ければ、テストも無い。微妙に間の抜けた憂鬱な梅雨のこの時期に卒業旅行を控えていた。これから夏にかけて夏期講習、模試、オープンキャンパス、模試といった行事が始まり、文化祭、推薦入試、模試、二学期考査、模試、志望校選定、模試、大学入試センター共通試験、私大一般入試、公立大入試、卒業式と続くのであり、高校生はいとま無しで突き進んでいかなければならない。


 ゆっくり学生生活を楽しめる最後の期間はここらで終わりである。だから星陽高校は例年この時期に某有名なテーマパークで制服旅行を敢行し、受験生に最大限のエールを送る。こんだけ遊んだんだから後はきっちりやれよ的に。


「アイくん、生徒会選挙のこと抜かしてる」

 べったり寄り掛かる深雪が俺を見上げて言う。俺はそんな行事知らん。


「ともかく今日を何事も無く終えるのが俺の目的だ」


 朝の九時に現地集合で、各班ごとに二箇所のアトラクションで写真を撮る。それさえ終われば後は自由行動。午後五時に一度集合し、現地解散となる。


「ね、ねシュータ。見てよこの豊胸。どうしたらこんなに贅沢なお肉が付くのかしらー? ぜいたく税として私にも三割分けて欲しいくらいだわ」


 ミヨが福岡のふくよかな胸を揉んでいる。痴漢はあかんよほんまに。今日も元気だな。


「やめてよ、みよりん。hentaiだよっ」


「不可抗力よ。どうして背が小さいくせに、こんなにボインボインしてるの。うーん羨ましい。九十センチあるんじゃない?」

 ミヨがもみもみするのを俺と冨田は眺めていた。ある意味羨ましい。冨田なんかは吊り革を掴む手が揉んでいるときのそれだ。


「みよりん、大貧民だからなぁ」

 坂元が眼鏡を押さえて微笑む。なぜ胸の話題になっているか知らないが、お前も薄ぺっちゃいだろ。


「シュータも、私の胸が岡ちゃんくらいだったら完璧だと思わない? もはや私がこの世で手に入れていないものなんて、胸とシュ――」


 うるせえな。頼むから一般の方々が乗車している電車内で変なこと喋るな。大人しく慎ましく過ごしていればそれでいいんだよ。胸だって限りなく平らに近くても立派な個性だと思うよ。


「個性って……。無いより、あった方が幸せじゃない!」

「声がでかい」

「なんにも無い私は、どうしたらいいってのよ」

「笑えばいいと思うよ」


 適当にミヨをいなす。騒がしくなりやがって。


「そう言えばシュータ、私のスリーサイズ知らないの?」とミヨが首を傾げる。

「知らん。どうせ70/70/70だろ」

「誰がそんな寸胴みたいな体してんのよ」


 ミヨは福岡を押しのけて、俺の隣の吊り革を掴んだ。よくこんな狭い車内で動けるものだ。俺は結局前門のミヨ、後門の深雪という状況になってしまった。ついでに片瀬に睨まれ、坂元にからかわれ、冨田と福岡は勝手にイチャイチャしている。普段の俺を取り巻く状況を上手く表しているじゃないか。ところで、


「美月、大丈夫か? 元気か?」


 俺の愛する美月は一人だけ座席に座っていた。美月は俺を見上げると照れ臭そうに苦笑いした。俺の世紀の大告白の後も、こうして謙虚に寄り添ってくれている。


「私だけ座らせてもらっちゃってすみません。いつでも譲りますよ」


 座席が一つだけ空いたので美月に席を渡したのだった。一番体力が無いのが美月だからというのが理由だ。今日は半日遊んで回る予定なので、美月には休んでもらう。申し訳なさそうにちょこんと座っているが、これは賢明な策なのだ。

断言します、今年完結します……!

よろしくお願いいたします。

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