二十五.鳴る雷の類(9)
「疲れたわね。やっぱ戦争なんてやるもんじゃないわ」ミヨが力尽きる。
平和が一番だ。美月は疲れ切って眠りに落ちそうだ。
「ベッドで三人で寝るわけだけど、場所はどうする?」
俺もここで寝るの? 要らない誤解を生みそうで嫌だな。
「本当はシュータを中央にして、隙を突いてえいってやってしまえばコトは簡単なんだけど、今日くらいは美月を真ん中にしましょうか。収まりが良さそうだし」
俺も賛成だ。ミヨと遠ざかれば、いびきも寝相の悪さも気にせず済む。
「言っておくけど、アンタが美月の体に触れた時点で人生終了なんだからね。セクハラは犯罪なんだからね」
はい(それを言われたら何もできない)。
「あのー、シュータさん。寝る前に一つ」
美月がぬいぐるみを膝の上に集合させて人差し指を立てた。ミヨはスマホを眺め始めたので落ち着いて話ができる。
「この度はご迷惑をお掛けしました。私のために消失の危険を冒してくれたことは、感謝しています。ここで一つ、恩返しといきます」
は、はあ……。恩返し。
「シュータさんが望むことなら何でも美月はお聞きします。教えてくださいな」
美月がお礼をしてくれるのか。別にお返しが欲しくて頑張ったわけじゃないけど、何でもしてくれるのか。何でも……。
「いやらしいお願いも、シュータさんが望むなら、我慢します」
「なら、いやらしいお願いがいい」
「え、えええ?」
「美月の水着姿をもう一度見たいな」
「そ、それくらいならまあいいですけど?」
「あと、浴衣姿も見たい。花火大会に行こう。あと文化祭でコスプレして欲しいな」
「あの、私は着せ替え人形じゃないんですよっ」
「何でもするって言うから。八月は美月の誕生日もあったよね。誕生日会にも呼んで」
「当たり前じゃないですか。もう、シュータさんってば」
「うん、大好きだからな。美月のこと」
「す、すき……」
ところでミヨは何をしているんだ? 早く消灯しようぜ。スマホを見ながら喋っていやがる。お喋りが大好きなやつだ。
「あ、シュータもこっち来てよ。ほら、シュータよ」
ん? ベッドの上を這って歩き、スマホを覗く。画面には前髪を分けた色白の男性。
「お、お父さん⁉」
ミヨのお父さんじゃないか! お、お前このやろ電話繋ぐな。画面の向こうの父親は多少なりとも驚いている。画面越しに対面するとは思わなかった。
「お、お久しぶりです、お父さん。奇遇ですね」
『君にお父さんと呼ぶ資格はない』
ハイ、スミマセン。お父さんは苦笑いした。
『み、実代? 今日は一体どうしたの?』
「今日はシュータと美月を呼んで、パジャマパーティーなの」
なぜミヨは父と通話しているんだ。美月がこっそり耳打ちする。
「みよりんさんは、毎日寝る前、お父様とお母様にお電話するのです」
そうだったのか。でも俺を出演させない方が良くない? まだ高校生で一人暮らしの愛娘が男と寝泊まりしているんだぞ。いくら俺が公認の交際相手でも(そもそも俺はまだ許嫁でいいのか?)、結婚前の男女が寝泊まりしていたら普通は嫌でしょ。俺は嫌だね(ヒトゴト)。
「お父さん、違うんです。美月もいます。ほら」
俺は美月も強制出演させる。これでミヨと過ちが起きることもないとわかってくださるはずだ。
『ハーレム?』
「そう来たか」
解釈がねじ曲がって良くない方向に……。
『嘘だよ、相田くん。相田くんなら万が一の間違いも起きないと信じているよ』
「信じてくださいとも」
この言葉は重い。いきなり胃が痛くなってきた。
「もう、パパったら親バカなんだから。ちょっと挨拶しただけなのにね」
ミヨにとってはそうかもしれないが、お父様も俺も立場的に気が気じゃないんだから簡単に引き合わせないでくれ。お父さん、たぶん今夜は酒飲んで泣くぞ。
『不真面目で不貞でだらしない男じゃなくて良かった。相田くんを大切にするんだよ、実代。じゃあ僕はもう切るから。大人しくおやすみ』
「はーい、パパ。おやすみ♡」
ミヨがご満悦で電話を切った。俺、たぶん大丈夫じゃねえな。前途多難だ。美月が背中を撫でて慰めてくれる。
「みよりんさん、着実に外堀を固めるのがお上手です。手強いです」
ソトボリ? よくわからんが、ミヨはいつまで俺をおもちゃにする気だ。
「私さ、一人娘だから心配されてるのよ」
ミヨが苦笑する。一人娘と春の日はくれそうでくれぬって言うからな。
「シュータは隠れ優良物件だもんね。ねえ、たとえば苗字はどう? 結婚したらどうしたいとかある?」
考えたことも無い。苗字なんて何でもいい。俺の親父は相田家の三男で本家じゃないし、俺自身もクソ兄貴がいるので次男だ。苗字は自分のでもいいし、相手のでもいいし、別々でも構わないぞ。あと、隠れ優良物件というが、俺に隠れた覚えは無い。
「へえー。たとえばアララギって苗字を貰ってもいいんだ」
まあ、別にアララギ周太郎でも竹本周太郎でも違和感ないだろ。ミヨは「蘭」って苗字を気に入っているようだ。一人娘だっていうから、自分の苗字が結婚した後に消えてしまったら残念なのだろう。
「ほらね、美月もこんないい馬鹿に好かれてるんだから、きちんと確保しておかないともったいないわよ。コイツそこそこ頭いいし。友達はちょっと少ないけど」
最後の一言は余計だ。ったくもう寝るぞ。
「あーあ、シュータと会えて良かったわ」
そういうことを恥ずかしげもなく言うなよ。電灯を消して布団に入る。隣には三十センチ空けて美月が横になる。向こうにはミヨがいるだろう。美月を挟んでミヨと横になる。幸せな絵だな。少し緊張するけど、安心する。
「……?」
室内がしーんとしているので、もう皆は寝たかと思っていた。すると美月が正面から抱き付いてきた。俺は枕じゃないぞ。寝ているのか?
「寝ていませんよ」
なら、なんで。ミヨが激怒するぞ。そうなれば今度こそ地球は終わりだ。
「みよりんさん、私から触ることが駄目とは言ってません」
それはそうだけど、俺はどうすればいいの?
「私の肩に手を乗せて、足もそう、そうしていてください」
ええ……。美月の瞳に光るものがある。何の涙なのかな。
「ちょっとだけよ。シュータのえっち」
ミヨの手が美月の脇の下に入る。え、3〈ピー〉?
「みよりんさん、寝ぼけてます!」
美月が小声で「しーっ」と指を立てる。なんだよ、寝てるのか。
「じゃ、このまま寝るか」
「ええ。三人で寝ましょう。私たちはお互いが大好きなんですから」
色々あったけどさ、俺は自分を許せた気がする。許すってことは愛するということだ。俺は少しだけ、自分が好きになったよ。
腕の中の美月の温かさを感じて俺は眠りについた。
4章はハッピーエンドということで、新年から5章に入ります。




