三.白山にあへば光の失する(10) らいと
「あら、ずいぶん優柔不断だったのね。待ちくたびれたわ」
俺たちが自席へ戻ったとき、ミヨが悪態をついた。ごもっともだと思うね。美月とは結構話し込んだ。文字に起こしたら相当な文量。まずは美月が喋る。
「みよりんさん、ノエルくん。謝らせてください。先ほどは申し訳ありませんでした」
美月は深々とお辞儀する。
「美月、何があったか知らないけど別に構やしないわ。それとお盆を持ったままお辞儀すると怖いわ。ご飯は置いて座って」
ミヨが許さないはずは無かった。ノエルも頷いている。コイツだって気分を害すわけはないんだ。美月は笑顔で着席する。俺も自分の持っていたつけ麺を置いて座る。
「美月は何頼んだの?」
ミヨは美月のお盆を覗き込む。俺にも訊けよと思ったがいいや。
「ウニいくら丼です。えへへ。大好きなウニですよ」
美月が嬉々として丼を二人に向ける。全国のウニ業者さん、快挙です。
「へえ。甚だ意外ね」
「私はウニとカレーが大好きなんです」
美月は最初に俺が紹介したものを好きと言ってくれている。涙ぐましいことだ。しかしノエルは無邪気な笑顔で、
「寿司とカレーですか。小学生みたいな好物っすね」
と言った。美月が凍り付く。同情はしておくが全くその通りな気がした。
「今度は私たちが行って来よー。先食べちゃ嫌だからね! さ、行こ。ノエルくん」
ミヨはそう言って俺に小さくウインクした。何だよ。
「シュータさん、シュータさん、お腹いっぱい?」
俺は世界一可愛いアリクイに詰め寄られていた。体長が一抱えもあるアリクイは俺の目の前で上下に揺れている。だが本当に可愛いのはこれを操っているお方だ。
「いや、わかったってば……」
俺は困惑して応答。状況説明からいこうか。昼食は非常に和やかムードで終わった。満腹になってからはゲームセンターに来たのだった。美月は音に怯えてあんまり楽しめていないようだったので、俺と一緒にクレーンゲームでお菓子やぬいぐるみを獲った。ミヨやノエルはメダルゲームや音ゲーをしてエンジョイしている。
で、あまりにもあいつらが熱中しているので、アリクイのぬいぐるみをゲットしたところで店前のソファーに落ち着き、休んでいる。そこで美月がぬいぐるみを使ってアフレコをしてきたのだった。可愛すぎるが、反応に困ることこの上ない。
「ふふふ、退屈でしょう? シュータさん眠そう」
美月がアリクイの腕を動かす。うん、可愛いのは承知したから。
「あの二人はいつまでゲームしてんだろ」
店内に目を遣ると、ミヨとノエルが一生懸命に太鼓を叩いているのが確認取れた。よくあそこまで元気に遊べるもんだ。美月と二人きりでソファーに腰掛けているシチュエーションは完璧なのだが、美月が変なモードなんでね。
人形遊びが好きなのかな。それとも吹っ切れたから純粋に楽しんでいるのかしら。
「おや、美月さんじゃないか」
俺が溜息でも吐こうかと思った瞬間、背後から声がした。美月と同時に振り返ると、そこにはイケメンがいた。すぐ思い出した。生徒会の石島康作だ。
「まさか休日にここで会うとはね。奇遇だ」
「ああ、石島さん。こんにちは」
美月が挨拶を交わす。石島は小さくお辞儀をしてにこやかに応じた。
「あれ、君は生徒会に書類を持って来てくれた、うん。その節はありがとう」
絶対こいつ俺の名前を思い出せなかったろ。腹立つな。
確かに四月、俺はミヨから預かった書類を生徒会室に持って行った。要はパシられた。そのときは石島も、キョトンとした相園もいて、俺はこいつに渡して即行帰った気がする。覚えてないのも道理か。
「珍しい組み合わせだね。もしかして、デートの邪魔をしちゃったかい?」
あったりまえだろ。男女が二人でいるのにデート以外のどんな理由が――
「いえいえ、そんな。みよりんさんとかSF研の皆とお買い物に来たのです」
石島は、ミヨがバチを高速連打する後ろ姿を見ると笑った。
「なるほど。実代さんがいるね」
実はそうだ。わかったらどっか行け。せっかくの時間を邪魔してんじゃねーぞ。
「SF研も部員が見つかるといいね。僕は応援してるよ」
「どうもありがとうございます。みよりんさんも喜びます」
美月が礼を言う。SF研だが、現在部員二名。廃部になる七月までに部員が五名以上に達しないと廃部らしいな。俺と美月、さらに冨田あたりの名義を貸してもらうっていう手もあるが、それはミヨ部長の信条としてはいかがだろうか。




