二十五.鳴る雷の類
遠くで声が聞こえる。誰か近くにいるのか。完全に覚醒しないため、目が開かない。白っぽい光が薄ぼんやりと入って来る。俺は今どういう状況なんだっけ。
確か体育祭をやって、実行委員で頑張った。最後の片付けは佐奈子たちがしてくれたのかな。結局あの後、横川の事件があって、深雪に告白されたり、美月が攫われたり、ユリと対決したり、美月を説得に行ったりして頭がごちゃごちゃしている。
誰がどういう結果になったんだったかな。あれから俺は助かったのか? それともまだ美月の心の迷宮にいるのか? さっぱり記憶が無いということは、意識を喪失したに違いない。頼むから「戻って」いてくれよ。
あれ? でも「戻って」いたら俺はどこにいるのだ。ミヨの家で看病されているんだっけ。ってか、今何時?
「なら、少しくらい――」
耳元で誰かが何かを囁いている。誰だよ、そこにいるの。叩き起こしてくれないか。目を覚ますのがこんなに億劫なことは無い。その人物は、俺の枕元でせわしなく動いているようだ。
何かを躊躇っている? まさか暗殺仕置人か。あり得るな。見事に美月の味方宣言をして未来人どもを裏切った張本人だから。ユリが相手ならまず負けるね。
――――⁉
今、左頬に何かが触れたような。柔らかくてしっとりした感触。あれか、刺身か。そうじゃなければ、漬物とか。それでもないなら唇? キ、キス、キスされたよな⁉
「うそ、起きて……」
ドタバタという足音が遠ざかり、ドアがバタンと閉まった。今、誰かが近くにいたのは確実だな。頑張れ、目を開けろ。気力で念じて寝返りを打つ。右向きに体を倒し、擦った目を開ける。
白い枕に清潔そうなベッドシーツ。遮光カーテンが開けられた窓には、白いレースカーテン。見覚えのある景色だ。時間は朝か昼だな。結局俺は何日こうしていたのだろう。家用のスウェットを着ている。ミヨが着替えさせてくれたというやつ。改めて頬を触ってみる。やはり感触が残っていた。まだ夢でも見ているのか?
「あれ、起きているんですか?」
背中側から声がする。反対に寝返りを打つと、ドアから誰かが顔を出していた。相変わらずヘラヘラしている。ノエルのチビだ。
「ん、なんだノエルか」
「おはようございます。いいお目覚めですか?」
「そんなわけあるか。俺の記憶だと、冬山で死にかけた続きなんだぞ」
ノエルはその場で声高らかに笑う。笑い事じゃないんだ。せっかく目覚めてあげたのに、そんな反応だと俺はガッカリしちゃうぞ。
「目覚めない可能性もありましたからね。よくご無事で。俺は嬉しいっす」
はいはい、噓噓。嘘吐きが上手だな。
「本心ですって。信じてください」
お前の言葉を信じるのなんて無理な相談だ。散々嘘を吐いたくせに。
「心配したなんて嘘は意味がありませんからね。シュータ先輩は、あの日の夜から今まで眠っていました。今は翌朝の10時です。ちなみに今日が土曜日であることは理解できますね?」
へえ、するってーと俺は半日以上寝込んでいたわけだ。いつ意識が戻るともわからない昏睡状態で。
「ええ、そうです。では早速、皆さんをお呼びしましょうか?」
ノエルはニヤニヤして廊下を窺っている。皆さんって、誰のこと?
「ここはみよりん先輩のおうちです。ベッドに見覚えがあるでしょう?」
ベッドを使用したことがあるからな。もちろん入れ替わり的な意味で。
「おーい、先輩! 起きましたよ」
ノエルが階段下へ声を張り上げた。それからイシシシといたずらっぽく笑って、窓際の椅子に座る。数秒後、ガタゴトという音が鳴り響き、二階へ上がって来て――
「シュータ! アンタ無事だったの⁉」
まずは私服のミヨが飛び込んで来た。俺の体などお構いなしに、ベッドへ飛び乗る。キラキラの目で俺のことを確認していた。俺、一応腕を怪我していたはずなんだけど。まあほぼ治してもらえたみたいだな。凝りはあるけど痛みは無い。
「心配かけたみたいだな」
「だって、全然起きないんだもん。私が甲斐甲斐しくあんなことやこんなことで手を尽くして看病してあげたのに」
ミヨは泣き目である。
「そこまで心配されるなんて俺も幸せ者だな」
「そうよ、そうなのよ! 本当に私って不幸者だわ」
ミヨは楽しそうにぐいぐい俺に抱き付いた。俺はお前のぬいぐるみじゃないっつーの。でもミヨも無事で良かったよ。ところでなんだけど、
「美月は?」




