二十四.竜を殺さむ(25)
「嘘じゃない。ずっと好きだった。出逢ったときから変わらない」
「私を好きになっても意味が無いのです。私は未来へ帰ります。シュータさんの想いがどんなものだとしても、応えることはできません。私のことは放っておいてください。忘れてください。これ以上、私に関わってはいけない」
「そんなこと」
「嫌なんです! シュータさんとこれ以上仲良くなったら私、どんな顔してお別れすれば良いのですか。シュータさんが悲しんだら、どう慰めれば良いのですか。怖いんです。全部怖いんです。やめてください」
美月はこの小さな体で大きな重圧と闘ってきたのだろう。その叫びを聞いて俺が何も思わないわけがない。俺は二度と美月を放さない。この子を幸せにするまで。
「美月、何を言われても俺は揺るがない」
「私はシュータさんが嫌いです。後先顧みない、人の機微に疎い、薄情者のふりをする、手を抜いても許されると思ってる、人の話を聞かない、授業中に寝る、自分が大人だと思って斜に構えてる、女の子に遠慮なく優しくして可愛いとか普通に言って、そんなことで相手が何とも思わないと勘違いしてる、見た目は気にしないとか言いながら実は服装も髪型も気を遣ってる、責任感が強いくせに面倒だとうそぶいてる、陰で美月のこと好きだって散々言いふらして私の耳に入らないと思ってる、いつも微妙にいい雰囲気にさせて変に期待させる、嫌だと言っておきながらスキンシップとってくる、いつまでも友達気分で近寄って来る、私がドキドキしても気が付かない、カッコイイって何度も伝えているのにドキドキしてくれない、寂しいと思うと声を掛けてくる、甘えたいと思うとどこかへ行ってしまう、慰めると平気なふりをする、からかうと本気で落ち込む、真剣に私のことお姫様みたいに扱ってくる、私ができないことを馬鹿にする、知らないことやできないことがあると何でも教えようとする、私が喜ぶと我がことのようにはしゃぐ、過保護に私を心配するくせに自分は無茶ばっかして私を泣かせる、本気で誰かのヒーローになれると信じている、私のピンチには駆け付けてくれる、必ず守ってくれる、私が何かを守りたくても守れない駄目な子でも好きになってくれて、優しくて、強くて、ずっと一緒にいたくて、でも無理だから……。だから大嫌いです、シュータさん」
美月は両手で俺の胸を突き放した。わかったから、泣いていいんだぞ。一人で闘わせてごめん。これからは俺たちも本当の味方だから。
「……なあ、そんなに嫌いか」
「はい、はい、とても大嫌いです。シュータさんは偽善者、悪者、大嫌いです。どっか行ってください。私のことなんか忘れて、他の女の子と付き合って、結婚してしまえば良いではないですか。人並みの幸せを手に入れて、それで終わりでいいのです。諦めてください」
そうか、嘘だとしてもグサッとくるな。
「でも、俺は本当に美月が大好きだよ」
「――っ。やめて、やめてください。嘘です。全部噓です」
美月は信じてくれない。こんな面倒臭い出逢いじゃなければ、違ったのかな。いや、たとえ俺と美月が幼馴染みでも、隣の机のクラスメイトでも、同じ職場の後輩でも、世界の反対側に住んでいても、地球と月の住人でも、きっと喧嘩して逃げようとしてそれでも何とか捕まえて告白して、そうでもしないと結ばれなかったはずだ。関係ないんだよ。そういうことは一切関係ない。変わらないんだ。
「ルーニー。本当に君が好きだ」
「ですから、何度言われても――え?」
美月が目を見開く。俺の言葉にやっと気が付いたみたいだった。
「ルーニー? ですか」
「うん、ルーニー。美月の本当の名前。違う?」
あれ、違うのか。や、やべー。結構自信満々だったのにな。
「知っていたのですか? 私の名前……」
「知っていたというか、」
美月が目を見張った。
「い、いや、ヒントがあったから気付いたんだ。美月のこと、きちんと見ていたからな」
ちょっと考えればわかるようなことだった。きちんと美月に関心を持って見ていれば、もっと早く気が付いても良かったのにな。ルーニー。いい名前だ。
「いい名前だなんて思ってないくせに……」
「思ってるさ。可愛い名前だと思うよ」
Loonyは英語で「狂人/気違いの」を指す単語だ。昔、西洋では月の光が人を狂わせるという迷信があった。狼男が月を見て変身するのと同じだ。類語のLunaticも同じような意味になる。だから美月は本名を告げることをしなかったのだ。美月の時代は英語を話していないそうだから、偶然にもそんな名前になってしまって言い出しにくかったのだろう。
「ルーニーという名前は母がつけたものです。意味は月とは関係ないのですが、母はお月様も好きです。地球にいない私たちにとって、惑星の近くに綺麗な満ち欠けをする天体があることは羨ましいのです。あと、お母さん、月見草も好きです。白っぽいお花です」
美月にかすかな笑顔が戻る。そして俺を押しのける手も弱まる。一歩近付いた。
「だから、日本の名前は『美月』にしたんだね。『かぐや姫』が好きなんじゃなくて」
「かぐや姫は、好きな人を置いて帰らされてしまいます。私は、寂しい終わり方が好きじゃありません。かぐや姫は嫌い」
美月が俺の頬に手を当てる。冷たい手だ。いや、俺の頬が冷たいのかな。
「なら、絶対俺たちはハッピーエンドにしよう。決めていることがあるんだよ、ルーニー」
「ル、ルーニーは恥ずかしいので、美月でいいです」
美月が慌てる。あ、そうなんだ。なら美月でいいけど。美月とハッピーエンドを迎えるために、俺が叶えたいこと。覚悟は決めて来たんだ。
美月の一生を背負う覚悟がなきゃいけなかった。中途半端にしているから、美月は不安がったんだ。たまたま選んだ協力者である俺に、責任を背負わせてしまっているのではないかと。
そうじゃない。これは俺のわがままだ。だからいいだろ。全てを一緒に背負おう。責任は二等分しよう。これでもう離れない。




