二十四.竜を殺さむ(24)
「シュータさんは、今回たくさん傷付きました。今回だけではありません。坂元さんのとき、石島さんのとき、佐奈子さんのとき、クリスマスのとき、バレンタインのとき……私がいなければ、怪我をする必要も無かったのです」
それは単に俺の力不足だろ。美月だって俺たちと過ごしたいだけで、お母さんを救いたいだけで、責任があるわけじゃない。
「私とあなただけの問題じゃ、ないのです!」
美月が振り向く。目の端に涙を浮かべている。辛そうな表情を浮かべていた。
「ノエルくんに酷い手負いを負わせたのは何度目ですか。阿部さんは私がいなくてもあれほど悲しんだでしょうか。アリスさんを殺したのは? 相園さんも私のせいで、シュータさんを心配して、未来に関わることになってしまったのです。相園さんとシュータさんの関係を壊したのは紛れもなく私です」
「……それは違う!」
美月が思い詰めているのは、筋違いだ。
「俺と深雪の関係が終わったなんて、誰が言った。俺は深雪を嫌いになってないし、深雪だってあんなことくらいで俺を避けるほど慎ましくないだろ」
美月が自分のせいで皆の関係を壊したと思っているなら間違いだ。その中心に美月がいたから、皆が集まって来たんだ。誰が何と言おうと、それは嘘じゃない。
「シュータさんは理解していません。相園さんは、シュータさんを好きなんですよ」
そ、それはそうだけど。美月は俺をきっと睨む。
「そのことの意味を何もわかっていません。相園さんは、他の誰でもなくあなたと一緒にいたいと思ったのです。手を繋ぎたいと思ったでしょう。きっとハグもキスもしたいと思ったはずです。その相手が誰でもいいなんて思う方はいません。相園さんは本当にあなたに全てをゆだねて良いと感じてくれたのです。その気持ちを軽んじてはいけない」
わかっている。
「あの人ほど想ってくれる人は、人生でもそうそう現れない。私を助けるだけのために、あの人のことを放っておくなんていけません。あなたはこんな所にいるべきではないのです。今すぐあの人の所へ行くべきなのです! 私は今日の体育祭で、相園さんにそれを伝えたいと思っていました。シュータさんを幸せにしてください、と」
わかっているよ。わかっているつもりなんだ。それでも俺は相園の気持ちに応えられない。俺が決めたことだ。
「私がいなければ、相園さんは幸せだったのです。シュータさんが変わらなければ――。何より人間関係が理由なのです。私はここにいてはいけない」
「……」
「相園さんだけじゃ、なくて、一番近くで見てきたからわかる。みよりん、さんは、『応援』って私に……、私に……」
俺はフードを外す。美月が大粒の涙を流して俺に訴える。
「私は、裏切り者です……! 私さえいなければ」
「なんで美月が、自分がいなければ、なんて言うんだ」
「私は部外者です! 本来ならシュータさんとは関わりのない人生を歩んでいたのです」
俺は拳を握り締めた。きちんと話さなきゃ駄目だ。俺は、俺の言葉で自分の気持ちを伝えないと。
「部外者なんかじゃない。生まれた時代が違うと部外者なのか。なら、生まれた地域が違う俺とミヨは部外者どうしか。超能力者じゃない冨田たちは部外者か。そうじゃないだろ」
美月は顔を上げる。俺は美月を抱き締めた。
「人を区別する言葉はたくさんある。でも、簡単に誰かを突き放すような言葉を使っちゃいけない」
「でも、」
「俺と美月は全然違うよ。たぶん同じところなんてほとんど無いんだろう。それでも俺は美月とこうして話しているよ。美月の声が聞こえる。美月の表情が見える。美月の体温を感じる。同じじゃないか」
俺はきっと美月を勘違いさせていたんだ。俺が情けないばかりに。
「辛いことがあったら一緒に乗り越えられるだろ。部外者なんかじゃない。美月がいなければなんて思わない」
「放してください! 私は、嫌なんです。もうこんなことは」
俺は腕の中で押しのけようとする美月の抵抗を感じる。その力強さに少し寂しいような、愛しいような感じを受ける。俺はリラックスするために表情を緩めた。大丈夫、言える。
「俺は美月が好きだ。君を愛している」
何も悩む必要なんて無かった。誰が好きだとか、はっきりしろだとか散々言われたけど、俺は初めから美月が好きなんだ。それを打ち明けるのを躊躇う理由も、もうない。
「美月、帰ろう。俺は美月を守る。だから美月も俺を守ってくれ」
未来人と超能力者がいれば、百人力だろう。大丈夫だ。最後まで一緒に闘おう。
「やめてください! シュータさんは私のことを好きではないのです。勘違いしているだけです。私の見せかけの優しさや見た目に、勘違いしているだけ!」
美月は信じてくれなかった。俺の腕の隙間から逃れようとする。




