二十四.竜を殺さむ(22)
頂上までは何事も無く登って行けた。問題はここからだな。頂上は平らだけど峯のようにずっと彼方まで連なっている。美月の姿は当然だけど、ここに無い。
「当たりが外れたのかな」
『シュータ。世界の中心で愛を叫んでみなさいよ。ヤッホーって』
ミヨにせっつかれる。こんなに疲れていると、ふざける気にもなれないね。この空間は狭いものとばかり思っていたが、地平線の向こうまで灰色の景色が広がっている。頂上は風が吹き抜けて寒々しかった。
『ルナは寒いの苦手だ。ここにはいないかな』
伊部が言い出したくせに匙を投げようとしやがって。勝手に梯子を下ろすな。
「俺はどこを探すかじゃないと思うよ。美月を探す気があるかどうかだ」
目星はついていなかったけど、美月が最後まで見つからないとは思っていなかった。美月は俺と話したいはずだ。お別れにしたいとしても、最後はきちんと言葉を交わそうとするはず。
「なあ、美月。寒いからその上着貸してくれよ」
「……シュータさん」
姿が現れる。何も無いはずの透明の空間から、茶色のマントを羽織った美月が見えた。
「どうしてわかりましたか」
美月が近付いて来てじっと俺を見上げる。不思議そうに。
「俺が雪崩に巻き込まれたとき、上半身に雪が被ってなかったから。誰かが庇ってくれたんだろうと思った。あと、そんな遠くにはいないんだろうなって」
「私がそういう人だからですか?」
「んー、植物というか花の香りがしたんだ。こっちに来たときに。花なんか生えてないだろ。だからいつもお花のいい香りがする美月が傍にいてくれたのかなって」
美月は唇をギュッと結んで赤面した。まさか透明になって近くにいるとは思わなかったけれどね。現代では見たことないデザインの外套とロングスカートを履いている。本当に異国の少女みたいだ。
「透明になった阿部を、ユリは『形態変化』と呼んでいた。未来にはそういう技術があるんだね。そして美月がコンピューターで『身体強化』を使えたように、『形態変化』でも同じことができる」
違うのかな。美月は反応しない。
「シュータさんは、私を連れ戻したいですか?」
ひときわ強い風が吹く。雪混じりの冷たい風だ。視界が急激に悪くなる。
「シュータさんがそのつもりなら、言うことは聞けません。聞き分けの悪い子でごめんなさい」
吹雪で音も遮られる。美月を見失わないように、俺は美月の両手を握った。人肌は温かいな。周りが見えなくなっても、美月の表情さえ見えれば大丈夫だ。
「いいよ、美月。俺は美月を連れ戻すつもりは無いから」
「そう、なのですか?」
「うん。美月が帰りたいなら、俺はその手伝いをする。未来に戻りたいなら、俺は悔しいけどそれを尊重する。だから、腹割って話そう」
美月が俯く。赤い鼻で可愛い。いつも美月は可愛いな。
「伊部? 聞こえないか。ミヨもいる?」
いないみたいだ。ここまでの吹雪だと通信もままならないだろう。でも、二人きりで話したかったし都合がいい。帰るときまでには何とかなるだろう。
「美月に訊きたい。どうして俺たちの時間軸に帰りたくないの?」
美月は元気が無かった。思い出せば、四月からずっと……。いやお花見の後から? 美月はいつから元気が無かったんだっけ。
「一つは未来のことです。シュータさんもおわかりの通りです」
美月は暗い顔で話し出す。言いにくいことを無理やり言わせるのは本意じゃないが、ここである意味、俺は決着をつけるつもりでいる。
「未来の危険なことに俺たちを巻き込みたくありませんって話なら俺は聞かない。言ったよな。仲間だから、手を引くことは無いって」
美月はこくんと頷いた。
「もちろん皆さんに迷惑を掛けたくない気持ちも嘘ではありませんが、根本的な原因はそうではないのです」
俺たちが介入できない問題ということか。未来に乗り込んで悪の親分をぶっ飛ばしても解決しない。ならば、美月が俺たちを頼らないのも妥当だ。
「美月の母親の話か」
「なぜ、それを……?」
今まで何となく聞いてきたからだ。美月はあまり詳しく家族の話をしなかったよな。ユリが言っていたこともあるが、やっぱり美月の両親が関係しているんじゃないだろうか。
「美月のお母さん、今はいないのか」
「……」
美月は目を伏せる。俺はどうしたらいいかわからなくて、美月の手を包み込んだ。
「お母さんを捜しているんだな」
「今は詳しく話すつもりは無いです。ですが、シュータさん正解です」
そういうことだったか。美月の母がどんな経緯で消え、どう捜そうとしているのかまでは教えてくれない。だが美月はバレンタインのとき、家族が大事で、父母も大好きだと手紙をくれた。美月が憎しみの感情で母を求めているのではなく、純粋に会いたいのだということがわかる。
なぜ母と会うため過去に残っているんだ? お母さんは未来人なんだろ。
「母の捜索は困難を極めます。それは理解しているのです。でも、私は簡単に諦めたりしない。母は唯一無二なんです。かけがえが無いのです。諦めることはどうしてもできない。だから今まで私は未来には帰らず、こちらで皆さんのご厄介になっていました」
美月は本当にストライキで過去に居座り続けたのか? 美月の言い方だとそう聞こえるけど、ただの嫌がらせで過去に残ったとは思えない。――まあ思えないってのは俺の主観で、ルリやクソガミ、ユリの話を思い出すと、美月は違法に滞在しているのだろう。




