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みらいひめ  作者: 日野
四章/大伴篇 琴詩酒伴皆拋我、雪月花時最憶君
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二十四.竜を殺さむ(21)

 美月姫とミヨ嬢のためとはいえ、全長五メートルもある化け物を目の前にすると恐怖を感じる。冗談抜きでちびりそうだ。でもここはぐっと堪えて、斜面を駆け上がる。なるべく竜から距離は取った。当然この白化粧の斜面では目立つ。すぐに見つかってしまう。


 竜は四つ足で思いもよらないスピードをして迫って来る。聞いてた話と違うのですが!


『シュータ、速く走って!』

 無茶言うなよ。足元が悪いのはこっちも同じ。雪が深いからスピードが出ない。


『くっそ、来るなら来い』


 大丈夫だ。あれは西洋の竜。ドラゴンは勇敢さを試すため、あるいは悪の象徴として登場する。いわば人が乗り越えるべき困難の具現化であり、人が倒せないわけがない。


 相手が日本の竜なら勝てなかったかもしれない。発祥は中国由来だが、竜は天から飛翔する神の化身。竜巻きや神鳴りとともに地上に現れ、人の手が届かない空から天罰や奇跡を与える。浦島太郎に竜宮城が登場するように、水の神である龍神として崇められる対象だ。航海のお守りには必ずといっていいほど龍神が祀られる。こうした自然崇拝に組み込まれていることから、日本の竜は自然災害を司るもの。人が勝てるものではないし、そもそも竜殺しの伝説はほぼ無い。


 竜の亜種たる蛇も信仰では神として扱われ、殺すとばちが当たると言われるのもそのためだ。ヤマタノオロチ(八股に首と尾が分かれたヘビ)は、有史以降最大の勇者スサノオノミコトに殺されるが、彼は神への供物である酒を飲ませることで勝利する。ヤマタノオロチは三種の神器のひとつ、草薙の剣を産み落とす。日本では竜も蛇も単に討伐の対象ではなく、自然への崇拝や災害からの加護を基礎にしている。俺が少なくとも人間である以上、日本の竜は殺せない。


 でもこいつは日本の竜じゃない。そう、美月は俺に乗り越えて欲しい壁として、比喩的にドラゴンを提示したのだ。俺はそれを打ち倒すのみ。竜は左の前足で踏み潰そうとする。俺はくぐり抜けて斜面の上に出る。真下から見るとあまりの巨体に驚く。体の影がまだ俺を覆っているうちに、ミヨが、


『伏せて、シュータ!』


 大声で叫ぶ。俺は瞬時に身を屈める。頭上を尻尾が通り過ぎた。こういう攻撃まであったのか。幸い、雪に埋もれたおかげで逃げることができた。すぐに起き上がって、追撃を逃れる。白い息が漏れる。だけどまだ気を緩めるな。炎が当たらないくらい上まで走らないと。


『シュータ、お前急げって』

 わかってんだよ! 冷たい空気が肺に一気に入って来て体が凍りそうだ。指先の感覚が途切れた。竜は俺を視界に捉え、一気呵成に炎を吐き出す。熱い――


「あったけえ」


 直撃しなかった。ほら、もっと吐き出せ。雪を解かせば表層雪崩が起きる。俺も立ち止まるわけにはいかない。横に移動し、雪を掘っていく。竜はやはり足腰が頑丈ではないのか、ほとんど登らない。これはチャンスだ。


『シュータ。もうそこ崩れるぞ』

 伊部が声を掛ける。足元を見ると確かに雪が解けてぬかるんでいた。作戦バッチリ。


「え?」


 斜面の上を確認する。大きな割れ目が俺より頭上にある。俺まで雪崩に巻き込まれるじゃないか。こんなところで竜と一緒にペチャンコになったら笑えない。


『シュータ、そこから逃げなさい。横に!』


 ミヨの声が届く。ああ、横な。わかったよ。俺は斜め下に逃げていく。地鳴りが轟いて雪が崩れ始める。凄まじいスピードで雪崩の波が俺を襲う。俺は足を取られて、転んだ。大きな雪の波が俺を呑み込んでいく。やがて完全に呑み込まれてしまった。




『シュータ。聞こえてる?』

 ああミヨか。俺は今、どんな感じ? 真っ白で何も見えないのだけど。


『おい、シュータ起きろ。お前うつ伏せになってるだけだよ』


 ぷはっ。あぶねえ、雪崩に巻き込まれて死んだと思った。幸い、逃げ延びたみたいで下半身が埋まり、斜面の下に向けてうつ伏せに倒れただけだ。真横に逃げた甲斐があった。


 山は雪が崩れたぶんだけ削れている。下を見ると、竜は既にその場から消えている。雪に埋もれて森林の方まで流されてしまったのだろう。素手で駄目なら、もっと大きなものをぶつける作戦成功だな。


『ああ。あれだけデカい図体をしていたら体の表面積も大きい。雪の中にいたんじゃ体温が下がる速度も相当なものだろう。骨格的にも起き上がるのに苦労しそうだし、骨だって硬けりゃ折れたときが大変だ。とにかくもう戦えないと思うぜ』


 それを聞いて安堵したよ。俺は休憩も兼ねてここで寝る。


『寝たら死ぬぞ』

 美月に会いに行くだけなのに、ここまで苦労するとは思わなかった。

幕間の不条理劇 12


ミヨ「はい、シュータ罰ゲーム! 一発ギャグやってよ」

シュータ「やらせていただきます! エントリーナンバー・セブン。お笑い第八世代の貴公子、相田周太郎。イェスウィ・キャンキャンキャンキャンキャンキャンキャーン、ウォオ、ウォオ、ウォオ(セルフ出囃子)」

ミヨ「……おお」

シュータ「ショートコント『舞子さん』。どうも、舞子どす~。ああっ、ちょっとあんたはん、今ぶつかりはったんとちゃいます? 無視せんと、どこ行きはるんや、お前こら、待てこら、って、どこやここ! ――まいごの迷子の舞子はん~」

ミヨ「きつー」

シュータ「……」

ミヨ「……」

……………………

……………

……

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