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みらいひめ  作者: 日野
序章/竹取・石作篇 らいと版
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三.白山にあへば光の失する(9) らいと

「ミヨと喧嘩でもした? だから別行動してたのか」

 フードコートのテラスで美月に尋ねる。ここは音が屋外の風でかき消されるから静かで良かった。多少眩しいがな。俺はフェンスに寄り掛かり、美月は俺と向き合っている。


「いえ。そうではありません。手分けしていいモノを見つけ出さないと一日終わっちゃうとみよりんさんが提案したから、二手に別れたのです。それにさっきの発言は私の個人的な問題であって、シュータさんたちとは何ら関係ありません。話す必要は無いのです」


 俺は笑った。そんな突き放すような言い方しなくてもいいのにと思ったからだ。案外、辛辣なんだな。


「必要あるよ。困ってたら話を聞くくらいする」

 美月は困ったように眉を下げる。風で金の髪が波打って流れた。


「友達なんだからさ。駄目かな?」

 美月は寂しそうに微笑んだ。


「『友達』って福岡さんの事故のときにも言っていました。羨ましい」


「?」


「少し、私の個人的な話を聞いてくださいますか?」

 俺はもちろん静かに聞いた。気の利いた相槌はできなかったけど。


「私は人を傷つけるのが怖いのです。大事な人が相手ならなおさら。ですから、言葉遣いも態度も丁寧すぎてしまうのです。そのせいで距離があると思われることもあります」


 正直なところ、俺も協調的に動くのが苦手なタイプなので何とも言えない。ただ、美月は大人数でガヤガヤ話している所に入っていくのが苦手そうだと最近気付いていた。


「でもシュータさんと話して希望が持てたのです」

 美月は隣の手すりに手を掛けた。青のスカートがはたはたと揺れる。


「シュータさんは私の話を聞いてくれます。笑って怒って溜息を吐いてくれる。多少ふざけても許してくれます。自分のお話をするのが楽しいって思わせてくれました。私も普通の子のように友人が持てるんだって希望を持てたのです」


 そう、なのかな。そう言われると嬉しいけれど。


「今日のことです。みよりんさんとシュータさんがエスカレーターから下りて、ああだこうだと口喧嘩しているのが見えました。そのとき気付いたのです。シュータさんにとっては、私よりもみよりんさんの方が気が合うのだなと。恐らく波長が合うのでしょうね。それを見ていたら自分の心が急に寂しくなるのを感じました」


 寂しい? どういう意味。


「あ、恥ずかしいですね。でも言います。憧れていたのです。そういう関係に。そして嫉妬もしていたんじゃないでしょうか。対等だと思っていたシュータさんが、私よりも人付き合いが上手なこと。みよりんさんもシュータさんと一緒の方が楽しそうだということ。だから八つ当たりとわかっていても不機嫌な態度を取ってしまいました」


 さっき美月が怒ったのも納得がいった。美月は、俺とミヨこそが一番気が合うと思った。なのにミヨは、美月と俺があたかも仲が良いようにからかった。美月としては情けをかけられたようで惨めな気分になったのだろう。そしてミヨが意図的にした発言じゃないとわかるから、余計に自己嫌悪する。


「周りとの関係が、わからないのです。友達なんてできないのかもしれません」


 美月は物憂げに空を見上げる。俺は迷った。慰めに適当な冗談を言ってやるか。それとも真剣に考えてみるか。後者は勇気が要った。そもそも言えるほどの立場じゃないんだ。だが後者を選んだ。美月は打ち明けてくれたんだから、俺も恥を忍んで一歩踏み込まなくちゃ。俺は美月の友達になりたいんだ。


「今の美月のままでいいと思うよ。だけど慣れていかないといけないのかもな。俺は怠け者って言われるけど、周りが言うほど怠けてない……と思う。でもキャラとして割り切って受け入れてるよ。そうすりゃ自然と居場所ができた。


 美月がミヨのような行動力や冨田のようなバカを手に入れられるとは思わない。美月は美月のままでいい。真面目なところとか、可愛いって言われるところは充分に個性だよ。……まあ、たぶん」


 美月は真っすぐ俺の目を見ていた。そのまま「好きです」と言われたら窒息するくらい綺麗な瞳で。やがてふっと柔い笑みを作った。


「ありがとうございます。シュータさんって、普段ぼうっとして物事を考えていないようで、深く細かく見ていらっしゃるんですね」

 失礼な箇所があったよ、美月さん。


「私、自分の時代では『可愛い』と言われ慣れてないのです。ですから急にたくさん言われるようになって戸惑ってしまっていて。生真面目な自覚はたいへんあるのですが」

 まあ真面目は無理に矯正しない方がいい気がする。ですます調は美月の立派な個性だ。それをよそよそしいと感じるヤツは美月の周りにいないだろう。


「あとは、ミヨにゴメンナサイした方がいいな。あいつも気遣いしいだし」

「ええ。悪いことをしましたから必ず」


「んじゃ、早いうちに注文して戻ろう。あいつらお腹空かせて待ってるよ」


 快晴の空と周囲の街並みをバックに美月は微笑を浮かべる。今までにないような均整の取れた綺麗さではなく、元気で活力に満ちあふれた美しさを発見した気分だった。いや全然上手く修辞できてないんだが、とにかく違ったように見えたのだ。


「美月、なんで笑ってるの?」

 訊いてみると、意外な答えが返って来た。


「この時代の人たちはたくさん考えていて、悩んでいて、とても優しいですね」


 美月はやっぱり笑っていた。そんなに魅力を力説されると照れ臭いなと思った。俺はテラスから室内に戻ろうと歩き出す。美月も付いて来る。俺は何と返したものだろうと考えた。何も出て来ない。カッコわりーな。

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