二十四.竜を殺さむ(16)
『ルナの体内データを未来に送付してもらう。未来でウイルスを浄化し、未来にあるルナの肉体で復元する。そうすれば安全に生き延びることができる』
「はあ? お前それじゃ美月が未来に帰ることになるじゃないか! 美月が向こうに帰っても、もう一度こっちに『戻って』来られるのかよ」
『時間は掛かるが、上手くタイムマシンの装置を乗っ取れば「戻る」ことはできる。だが、問題が無いこともない』
それは何だよ。解決できないようなものなのか。
『ルナの意思があれば、だ。ルナの精神状態がどうかわからない。今のルナは強制的にブロックをして凍結している状態だからな。話を聞くことはできない。でもあれだけお前が傷付いて、ユリや相園さんに責められたんだ。火種である自らが『戻りたい』とは言わないかもしれない。ルナが拒絶すれば、お前らとは二度と通話することもできないぞ』
……美月がこちらに帰りたいと言わない可能性? そんなのあるわけ、
「あり得るわね」
ミヨが真面目な表情で言う。なぜ。
「美月は最近、シュータとの関係に悩んでいるようだったわ。自分は本来は部外者で、深雪ちゃんとの関係を応援した方がいいんじゃないかって思っていた節がある」
「そんなわけねえだろ。だって俺は――」
『俺も悪いけどそう思うぜ。俺は今まで隠していた真実をルナに教えた。ルナはショックを受けていた様子だ。今のルナはシュータと顔を合わせることを嫌がるかもしれない』
なんでそんなことになってんだよ、伊部。じゃあ俺が何をしても結果は変わらないって言うのか。美月
に期待するしかないのか。
『だったら、俺はもう一個の方法を選ぶべきだと思う。そっちのルナの肉体は、物質を再現する装置でDNA情報や計測値を元に新たに復元する。本体交換ってことだ。体内コンピューター内部のウイルスは俺が遠隔で大方を取り除いた後、ルナが自力で残りを浄化する』
「できるのか、そんなことが」
『できる。だが一つ条件がある。ルナ自らブロックを解除してもらうんだ。今のルナは外部からの信号を一切遮断している。そのルナを直接説得するんだ』
美月のコンピューターに「おーい、出てこーい」って言うだけ?
『事はそう簡単じゃない。ガードがあるから外部の信号では、直接接触を図ることができない。だから俺がルナの精神データをコピーする。俺がそこからルナの精神を模した空間を作るから、そこで疑似人格のルナと対話して何とかブロック解除の確約を得てくれ。
コピーのルナが発行した解除信号をもってすれば、コピー元の本体が信号を受理する。信号がルナ自身のコンピューターと同じ回路で作られたものになるからな。内部で発せられた解除信号だと思い込ませることができるってわけ。解除後は、自浄作用で残党のウイルスは死滅できるはずだ。ルナはこのままでも意識を取り戻せる』
途中がわからないな。俺が美月の精神データを模した空間で対話するって何だ。
『別のデジタル空間に、ルナの過去データを元にした疑似AIを作る。そのAIと話してくれ。そっちの時代はAIと文字で対話するのが基本なのかもしれないが、今の俺たちは身体性を伴うアバターと対話することが普通なんだよ。だから空間を作り、そこで対面してもらう。簡単に言えば、ルナのAIと別空間で話して解除信号を出すよう説得し、解決してくれってことだ。覚えられたか?』
言葉面だけならね。言いたいことはわかったよ。俺は反対しない。その手で行こう。
「ちょっと待ってよ、伊部くん! シュータはそんなことして無事でいられるの?」
ミヨが身を乗り出す。心配性だな。
「私だって心配なんですけど。アイくんはよくわかんない空間に行って平気なんですか?」
相園まで。まあ、安全性なら一応確認しておきたいが。
『ルナが認証すれば確実に帰れる。最悪なのは、シュータがその空間で迷子になることや、無いとは思うがルナに閉じ込められること。上手くサルベージできなきゃシュータは消えるな』
ミヨと相園が一緒に大声を出そうとして、お互いの顔を見て、自重した。
「ミヨと深雪が言いたいことはわかるよ」俺は苦笑する。
「わかればいいのよ」「わかればいいんだけど」
「――無事で帰って来てねってことだろ」
「違うわよ!」「違うって!」
耳キーンってなるわ。美女二人に詰め寄られて、俺は目を背けた。
「シュータが消えたら元も子もないのよ。くれぐれも慎重に、よく考えて」
何度考え直しても答えは変わらないよ。美月を助けなきゃ一生後悔する。相田周太郎の名に泥を塗るなんてことはしない。
「どうせ面と向かって美月と話さなければならないと思っていたんだ。俺は男になる」
「アイくん、メスだったの……?」
相園が気の毒そうに訊く。百歩譲って女な。そうじゃなくて「男になる」ってのは古い定型句で、覚悟を見せるときという意味だ。
「伊部、時間が無いんだろ。すぐに準備を頼むよ。美月の心に語りかけて、こちらへ連れ帰るから」
伊部は『オーケー。そう言うと思った』と嬉々としてホログラムの画面に向き合う。本当に今日はどれだけ俺が活躍してしまうんだ。何度だって美月姫を救える。今の俺、超絶カッコいいだろ。
「私、ノエルくんが心配なので連れて来ますね」
阿部が退席した。おい、聞け。最後の逢瀬かもしれないんだぞ。神社の奥へと阿部はスタスタ走り去った。阿部はノエルと体格がほぼ互角かそれ以上なので問題なく背負って来られるだろうな。




