二十四.竜を殺さむ(14)
「ユリ、美月を救えるか? 美月は助かるのか?」
「この時間軸で復活するのは無理よ。諦めなさい」
冷酷な目で見下ろされる。なんで美月がこんな思いしてんのに平然としているんだよ。美月は未来に残してきた肉体でコンピューターを起動すれば元通りになるからか? 精神は入れ替え可能な中身で、肉体はただの入れ物か。ユリは美月の頬をつねる。
「数値を見ても確実にコンピューターは停止した。死んだわね。死体は処分してあげます。善戦したことは褒めてあげる。深雪さん、あなたの役目も終わったわ。任務お疲れ様。これで相田くんは日常を取り戻せたわ」
相園は手にした銃を眺めたまま乾いた笑いを浮かべた。呆然としている。俺は無意識のうちに立ち、左手で相園の銃を奪い取った。迷いなく、トリガーに指をかける。
「子供のくせに夢語って迷惑かけた報いよ。アタシは悪くないわ」
「ユリ、お前を許さない」
「憎しみに任せて動くのはやめなさい、何の意味ない。旧時代の野蛮人め」
「それでも俺は、お前を憎むよ。憎む権利がある。美月が、美月が、死んだんだぞ……」
ミヨが「シュータ……?」と問う。俺は鏡も見たくないくらいに歪んだ表情をしているだろう。
「正気? 死んだって、たかが肉体だけの話よ。マザコンで愚図なお嬢様が――」
「お前」
「ルナの体はもう死んだの。これはどうせモノよ。ほら、服を脱がせてやっても全然いいのよ」
「もう、やめてくれ」
「撃ってみれば? アタシの肉体が死ぬだけだもの。中身は死なない」
「お前、美月の気持ちを考えたこと、あるか?」
「必要がない。あの子の考えることなんて、たかが知れてるもの」
「もういい」
「シュータ!」
パン、パンパン! 三発が銃口から放たれた。それ以上はカチカチという音以外何も出ない。一発はユリの肩口に命中し、その場に崩れ落ちた。俺は腕の痛みで銃を落とす。
「シュータ、なんで撃ったのよ……」
ミヨが倒れ込んだ俺を抱きとめた。ごめん、憎かったんだ。俺はこれでも美月の友達で仲間で……。今の美月のことを死体だといって、物みたいに扱うユリが許せなかった。悔しくて八つ当たりだとわかっていても復讐してやりたかったんだ。
「ユリを退去させちゃったら、未来と連絡が取れないじゃない」
「でも、」
「シュータのコンピューターは動かないの?」
「俺が無理して使ったせいか何も表示されない」
「アイくん。私が殺しちゃったの? 美月さん」
相園がやっと動いた。俺は相園を見て首を振る。
「これは起こるべくして起こった。俺が美月や深雪のこと、きちんとわかっていなかったせいだ。俺が殺したも同然だ」
俺の失態だ。何としてでも伊部に会って、美月を見つけ出す。美月を――また助けに行かなくちゃ。助けないと。また救いに行かないと。
救いに行かないと。
「シュータ!」
救いに行かないと。
「無茶よ!」
救いに行かないと。
「ねえ」
救いに行かないと――救わなくちゃいけない。
「……無理、無理よ、シュータ。そんなボロボロの体じゃ」
ミヨに支えられないと起きていられなかった。頭がグラグラ揺れる。腕は両方とも麻痺して動けない。めまいがして辺りが薄暗い。それでいて、俺は歯を食いしばっていた。
「悔しい。美月、美月を、助けられなかった」
本当は八つ当たりして地面でも木でもぶん殴って蹴飛ばしてやりたい。だけどそれすらできず、ただ倒れるだけだ。
こうして暗い視界を見つめていると、美月の何気ない瞬間の笑顔とか、考え事をしている顔とか、怒った顔とか、驚いた顔とか、照れた顔とか、冗談を言った後で少し恥ずかしそうにする顔とか、色んな表情を思い出す。今は冷たく無表情をしているだけのはずなのに。涙が、止まらない。
「……」
ミヨは何も言わず、ただ俺の肩を抱いていた。
「センパイ、自分を責めないで。きっと、ユリさんは蘇生に協力してくれなかった。私も正直、腹が、立ちました」
阿部本人だって泣いているくせに、精一杯慰めてくれる。わかってる。俺はできる限りをした。それでも悔いが残らないわけが無いだろう。美月をあと一歩のところで守れなかった。自分が無力だと思い知らされた。それが、こんなに辛いことだなんて。
俺は拳を握り締めた。美月は何とも代えられない存在なのだ。ここで諦めるわけにはいかない。
「あとは、俺が何とかする。何でもする。どんな手段を使っても美月を守りに行く」
ミヨは不安そうに俺を温かい手で支える。こんな満身創痍の俺が言っても説得力が無いよな。ミヨは意を決したように相園を見上げた。
「ねえ、深雪ちゃん。あなた、私たちの助けになるようなツテが無いかしら?」
今のところ未来との接点があるのは、他に相園しかいない。しかし相園は俯く。
「そんな、私がやったんだよ。今さら何をしてあげたらいいの!」
「俺からも頼む。美月を助けるためなら、深雪の力でも借りたい」
相園は「無理だよ」と首を振る。
「深雪ちゃん! シュータは馬鹿だから……。きっと本当に深雪ちゃんに対して怒ってない。私も深雪ちゃんの言い分が間違っていたとは思わない。美月がシュータを危険に巻き込んでいたのは事実だもの。対抗する手段が間違っていただけ」
ミヨが必死で訴える。
「正義感があって困ってる人を見捨てない深雪ちゃんなら、協力してくれると信じてる。あなたは美月を手にかけたけど、まだ失敗は取り戻せる。美月とだってやり直せる。私からもお願い。どうか、美月とシュータを救ってあげて」
ミヨも素直に頭を下げた。阿部は「私からもお願いします」と真剣に働きかけた。
「俺からも頼むよ。こんなこと言う資格が一番ないのはわかって、いる。でも、頼むよ。何でも埋め合わせるよ。美月に、美月に会いたい……」
相園がぼさぼさの頭を抱えた。
「アイくんが危険に巻き込まれることは嫌だ。アイくんが無茶して美月さんを捜しに行ったら本末転倒だよ」
相園は苦い顔をして、俺に向かって言った。
「深雪、俺がなぜ初めに美月を助けたかわかるか?」
「……?」
「何もできないはずの自分を頼ってくれたのが嬉しかったからだ。初めて、誰かから期待された。初めて、誰かを救えた。何を失ってもこの人だけは救いたいと思った」
「だけど、私は嫌だよ」
「わかってる。俺を好きな深雪が言うんだから、美月も俺を失うのは嫌だよな」
ミヨは「ミヨもいやよ」と言う。
「必ず、生きて帰って来るから。今の俺には、その力があるはずだから。協力してくれ」
深雪は大きな溜息を吐いた。深呼吸したのかもしれない。
「わかった。わかったよ。自分の責任は自分で取る。助かる道があるのなら、協力する」
ミヨが俺の背中をさする。……なりふり構ってられないよな。助かるぜ、深雪。ミヨも付き合わせてすまん。




