二十四.竜を殺さむ(13)
「美月さん。あなたは一度だって、アイくんの気持ちに応えてあげたことはありますか? 彼を利用する以外で、一度だって必要としたことありますか?」
「私は、そんなこと言われても、シュータさんは友達で、仲間です。シュータさんを利用したことなんてありません。シュータさんを大事にしてきたつもりです」
美月はそう言った。美月はいつも俺を頼ってくれた。相園はそれが俺に負担を掛けているように見えていたんだな。美月は綺麗で優しいから、俺が騙されて美月に従っているように見えたのか。でもその想像は違うんだよ、深雪。
俺は自分の手で助けられる人はみんな助けたい。今までそういうつもりで生きてきたんだ。小学生のとき福岡のことで失敗して、それで面倒くさがりになったと言った。できる範疇を超えたものには手を出さなくなったって。
恥ずかしくてあの場では言えなかったけど、裏を返せば、俺はできることは手を抜かなかった。相園の実行委員を手伝うことも、美月の問題に手を貸すことも、ミヨの家庭を守ることも、全身全霊やってきた。
贖罪のつもりでヒーローを演じてきた。王子様にもなる。正義の味方にもなる。俺にとってそれは、苦でも何でもないんだ。だから、
「美月さんは甘えているだけ。アイくんの苦しみを知らないお姫様なだけ。私が鬼になって、悪者になって、全部終わらせる」
深雪、待て。何を持っているんだ。
「あっ」
美月が強張った声を上げる。相園が手に携えているのは、拳銃だった。カチャンと弾薬が装填される。――コンピューターウイルス。撃たれれば美月の意識が消える。俺は重たい体を操って立ち上がった。撃つな深雪!
「いやっ」
ミヨが目を覆う。美月が目の前で撃たれたら、俺はどうする。俺は――
「〈脚部・最大強化〉」
パン! 発砲音が轟いた。
「……」
目の前では相園が銃口を向けて、呆然としている。そんなに涙を流すなよ。結局いつでも他人のためだな、深雪は。少しくらい美月みたいにワガママを言えよ。せっかく可愛いのにな、可愛げがない。
「アイくん、ごめ、私は……! そんなつもりじゃ」
目の前が暗くなった。美月を庇った俺は胸元を撃たれて脱力し、パタンと膝から崩れ落ちる。案外あっけない死に方だ。映画なら「ううっ」と苦しんで死ぬのに。実際にゃ即死か。
「死なないで、死なないでってば!」
ミヨの叫び声が聞こえる。やめろよ、鼓膜が破れる。ただでさえ爆撃機みたいな騒音を巻き散らしているくせにさ。ミヨも一人にしてごめん。きちんと大事にしておけば良かった。肩を揺すられる。阿部の手の感触も感じる。
「センパイ! 起きて」
ノエルのこと、頼んだぞ。あいつ一人じゃ生きられねえから。ダメだ、耳が遠くなる。
「センパイ方! 目を開けてください!」
センパイ方? 俺だけじゃないのか。……美月?
「美月は⁉」
俺がバッと起き上がると、阿部とミヨはぎょっとした。
「い、生きてたの! シュ、シュ~タァ~」
左側にいたミヨが涙と鼻水の顔で抱き付いてきた。やめろくっ付くな。よく見ると胸元の直撃部分は怪我が無い。その代わり服が破け、出血痕がある。傷が一瞬で塞がったのだろう。ユリ曰く、殺傷能力は無いらしいからな。――美月は?
「美月センパイが目を覚ましません。息も無い!」
阿部が美月の鼻口のもとに耳を寄せている。美月は俺の背後で仰向けに倒れていた。お腹や胸は一切動いていない。息もしてないって、どういうことだよ。綺麗な顔してるけど。
「お腹のとこ見なさい。撃たれたのよ」
ミヨがみぞおちの付近を指差す。それって、俺が庇ったのに銃弾が貫通して当たったってことか。美月にも直撃したのか。
「直撃じゃないわ。シュータを通って間接的に、ね。このままだとマズい」
一気に焦りがせり上がってくる。美月が本当に撃たれてしまった?
「ど、ど、どうすんだよ!」
「わかんないわよ。体内コンピューターが無ければ、治療のしようがないわ。伊部くんとも連絡が取れないもの」
手に汗がにじんでくる。腕が動かない俺の代わりに、ミヨが美月の上半身を抱き上げた。ぐったりと首がもたげるのを阿部が支える。嘘だろ、起きろよ美月!
「美月、ウニ食べられるわよ! カエルくんのぬいぐるみ買ってあげるわよ! 大好きなシュータもいるわよ! 起きなさいってば! いい加減怒るわよ!」
力の限り叫んでも、美月はぴくりとも反応しない。再び横たえ、全員の思考が停止する。
「どう、すればいい?」
「シュータセンパイ、ふざけるなって言われそうですけど、キスしたら、眠り姫は起きます。愛の力で」
「ふざけるな」
「はい」
阿部も黙り込んでしまった。もうどうにもできないのか。美月とお別れなのか。
「よくやったわ、深雪さん」
拍手が聞こえる。ポニーテールがほどけたユリだった。ボロボロの体のくせして平然と歩いて来る。俺の攻撃をまともに食らったが、自己治療できてしまうのが未来人だ。そうか、コイツにも体内コンピューターがある。俺はユリを見上げた。




