二十四.竜を殺さむ(10)
「美月、俺は何もわかってないんだろう。でも美月が大事で、美月の信念が間違いでないことは信じるよ。だから闘う。一緒に闘う」
俺は美月に向かって走り出す。ユリに勝てないなら、美月を逃がす。ノエルが駄目でも、伊部に別の時間軸に逃がしてもらうんだ。せめてユリから距離が取れたら……。
「ほ、本当に撃つわよ!」
「だから撃てるもんなら撃て!」
ユリが歯ぎしりする。美月も俺を見て走る。動いてくれ、動けば弾が当たる確率が下がる。美月は髪が邪魔になるのも気にせず、懸命に俺の元へ走る。
「なっ」
ノエルが瞬間移動して、ユリの手元へ。銃口を握った。
「これでお前は撃てないだろ。先輩、今のうちに遠くへ!」
助かったノエル。俺は美月と手を繋ぐ。やっと再会できた。
「シュータ! 早く逃げて!」
ミヨが大声で境内の向こうを指差した。せっかく美月と会えたんだ。チャンスは生かす。
「無駄よ、ノエルくん。あなたの負け」
ユリが引き金を引く。パアンと銃口を押さえていたノエルの手に衝撃波が伝わって煙が上がる。それでもノエルは手を放さない。しかし、
「は、放すか」
「バカ、余力も残ってないのに接近戦?」
ユリは脚を大鉈のように振るい、ノエルを地面に叩きつける。ノエルは限界か。
「せんぱぁい! 銃は壊した! 頼みます」
喉を絞ったような声がノエルから聞こえる。骨は拾うからな、後は頼まれた。
「美月、急いで走れ」
「はい、この手は放しません!」
美月と手を取り合って逃げる。俺は左手をぎゅっと握る。ユリはやはり脚を強化し、追い掛ける。
「待ちなさい!」
ミヨが俺たちの背後で両手を広げる。待てミヨ⁉ 俺は足を止め、振り返る。
「ミヨ、無駄だ。お前も逃げろ」
「止まるな! 私だって怖いわよ。でも美月のためでしょ」
無理するなよ。わかった。俺は振り返らないからな。
「みよりんさん、感謝します」
いくら怪力ユリでも、ミヨを殴ったりしたら許さないからな。ミヨに何かあったら自分の理性を制御できる気がしない。
俺は美月と共に神社を出るため走る。一心不乱に駆け抜ける。美月も俺も必死だ。道を曲がり、鳥居が見えてくる。石畳を真っ直ぐ進めば、境内を抜ける。
階段を下りれば完全に外だ。ユリからも距離ができる。コンピューターが再接続されたら教えてくれ、美月。
「まだです。せめて百メートルは離れてください」
「ねえ、待ってよ」
頭上をくるりと回って跳び、ユリが立ち塞がる。早すぎるだろ。もう追い付かれたか。流石にミヨ相手に善戦は望めないか。――は?
「カワイ子ちゃんだったから捕まえちゃった。イジメ甲斐がありそう」
黒髪を乱したミヨは無傷のままユリの腕の中にいた。ユリが舌なめずりをしてミヨを抱えている。そういや、そういう性癖の女だったな、コイツは。
「相田くん。まずここを通す気は無いです。そして時間が経てば実代さんの無事は保証しない」
「銃向けて、人質取って、何でもアリだな」
「シュータ、無視しなさい。すぐ勝てる未来が見えるわ」とミヨが強がった。
俺は美月と握った手を見る。美月はギュッと握ったまま。俺が王子様なら、見捨てないよな。俺はヒーローだ。だから見捨てない。誰もいない社務所の固定灯から当たる光が、ユリの半身とミヨの体を照らしている。
「相田くんはどうしようもないでしょう。目の前で実代さんの首がグキってなったら」
知らず知らずのうちに自分の眉間にしわが寄っていた。食いしばった歯がガリっと音を立てる。
「後でルナを返してくれたら治療してあげるけど、首が曲がるのは怖いし痛いわ。トラウマが残るでしょうね」
なんて卑怯な。俺に美月とミヨを選べって?
「シュータ。言っておくけど、私のために美月を捨てたら、あんたのこと嫌いになるわよ」
ミヨが真剣に俺を睨む。ミヨはそう言うが、俺からすれば美月もミヨも比べようがないほど尊く大切な人だよ。俺の命を差し出して許してもらえるならそれでいい。だけど俺の命なんて何の価値も無いよな。
ユリはちらりと背後を確認し、もう一度俺を見つめた。ミヨの首がじりじり曲げられていく。ミヨの顔が苦痛に歪む。どうしたらユリを倒せるんだ。ノエルはもういない。俺にも力は残ってない。ミヨを見捨てるしかないのかよ。
嫌だ、美月と離れ離れになるのも、ミヨが目の前で死ぬのを黙って見ているのも嫌だ。俺に二人を救うだけの力があれば、良かったのに。
時間が無い。ミヨの表情が、苦痛に歪む。
「……!」
美月が何かを察した。美月の反応を見て、俺は初めて自分の手が緩んだことを感じた。俺はミヨのために手を放そうとした……? んな馬鹿な。でも、
「シュータさん。私のこと、忘れられますか?」
美月は困ったように笑う。嫌だ、俺は美月と離れ離れにはなれないぞ。忘れたりなんかできない。それは絶対にだ。
「忘れられないのですか」
「あったりまえだ! だって俺は、美月のこと――」
「では、助けに来てくださいね。期待しちゃいますよ」
……美月は俺の手を痛いくらいに握り締めた。懐かしそうにしばらく見つめてから、ゆっくり手を放す。そして一歩前に出る。そんな、目の前で美月を手渡すなんて。
でも、でも今はこうするしかない。こうするしか方法は無いんだ。誰も死なせたらいけない。美月は後で取り戻せる。生きていれば、生きている世界が違っても会える。だから諦めろ。諦めるんだと自分に言い聞かせる。――あれ? 左手に何か。




