二十四.竜を殺さむ(6)
俺たちが立っていたのは、神社の手前の階段だった。ここを駆け上れば境内だ。ってか、いいのか。相手は身体強化の薬を使うユリだぞ。無防備で策も弄さず勝算はあるのか。ミヨは早速階段を一段飛ばしで上がって行く。暴走するなって。
「だって、まず美月のことを確認しなきゃでしょ! 怖がってても美月は返って来ないわよ」
ああ、わかった。俺がビビってるだけだ。ノエル、お前階段の上まで飛べるか。
「飛べませんが移動できます。さあ、掴まって」
ヒュンと鳥居の前に移動する。着いたな。境内に人影は無い。妙に静まり返ってやがる。社務所や手水舎がある石畳の広場を抜けないと、奥の拝殿までたどり着けない。小さな神社だけど、道が折れている。
恐らくここで見えないということは、奥にいるはずだ。慎重に辺りを警戒しながら拝殿へと向かう。どんな惨状が待っているかと思うと少し怖いけれど、美月にいて欲しいという期待もある。美月、どこだ。
「あれって」
先行したノエルが立ち止まる。俺が木造の古びた建造物の角を曲がると、
「――美月?」
鈴や額、賽銭箱を備えた拝殿。あそこで腰掛けて初めに美月と話したんだ。竹藪が周囲を覆うこの場は、今は夜風でサラサラと音がする。
その音をかき消すように、美月が地に投げ出されていた。パジャマ姿の美月は髪を乱し、口の端を切って、相手を見上げている。
「ユリだな」
桃色の髪を一つに束ね、長い四肢を使って美月の腕を強引に引っ張る。身なりは明らかに動きにくそうなパンツスーツだ。しかもヒール。舐めているのか。美月は散々抵抗したようで、かすかな血痕や擦り傷が窺える。
「ユリ『さん』な?」
うるせえ。ユリはポニーテールを揺らして冷たい視線を送ってきた。
「美月、無事か?」
「シュータさん」
美月がこちらに気付く。無事そうで良かった。間に合ったみたいだな。
「あなた、久しぶりね。ユリ」
ミヨが声を掛けると、そっぽ向いて舌打ちした。やっぱりお前は伊部が言っていたように暴力ゴリラ乱暴女だったんだな。以前に会ったときと比べて人が変わったように、だいぶ冷たい印象を受ける。
「悪いけど相田くんの軽口に付き合っている暇は無いのです。立ち去りなさい」
「すごすご立ち去るつもりなら、俺たちは来てねーよ。早く美月を解放しろ」
ユリは美月の腕を引っ張ろうとするが、美月が嫌がる。よくここまで抵抗してくれた。後は俺たちが助ける。待っていてくれ。ユリは俺たちを眺める。
「足止めできたら良かったんだけど、注文付けてもしょうがないか。この人数ならアタシ一人で充分だし」
どうする。ユリは本気モードっぽい。話し合いで何とかなるとは思えないな。ノエルは早速ウォームアップを始める。ぶっ殺す気満々だ。肉弾戦なら手を貸す。でもまず、ミヨが一歩前に出て行く。美月まであと五メートルは離れている。
「私が出て行った後に、家に侵入して美月を奪ったのね」
美月が頷く。ユリは肩をすくめて溜息を吐いた。美月の手は放さないか。
「そうね。お風呂上がりのルナを無理やりここまで引っ張って来たわ」
どうりで美月がパジャマなんだな。可哀想に。ミヨも美月も攫われて、俺たちはもっと気を付けて然るべきだった。なんでユリがこっちに来られることをもっと重く見なかったんだ。磯上の件もあったのに。
「どうしていきなり美月を連れ去る気になったんだ。お前、そもそもこっちにいたのかよ」
「相田くんはまだ気が付いていないのね。あたしは常に機を窺っていたわ。ルナはこちらの時間軸にいてはいけない。この対立は解消できない」
ああ、そう思う。お前らは美月を取り戻したい。俺たちと伊部はそうはさせない。この関係はどうしようもなく覆せない。戦うしかないのだろう。話し合いじゃ駄目だった。
「私が訊きたいのは、どうしてこの神社に来たのかということよ。ここは神聖な場所だと思うけど、あなたたちにとっても特別な場所なのかしら?」とミヨ。
確かにそうだな。クソガミやルリはどこでもヒュンと未来を行き来していた。だが、ユリはミヨの家で美月を捕まえた後、こちらまで来ている。ここから未来に移動する意味とは何だ?
「なぜアタシが解説しなくちゃいけないのかわからないわ。ルナから聞いてなかった?」
「美月が?」
美月を見ると、口をギュッと結んでいる。
「隠し事ではありません。ですが、未来のことは喋りすぎないようにしていただけです。シュータさん、ここは未来とこちらの時間軸のパスが出来ています。具体的には、体内コンピューターを使って拝殿の扉を開けば、未来と繋がっています。もちろん、どの場所でも時間を『戻る』ことはできますが、ここでは同行者の意思が関係なく移動できる。ユリさんが私を強引に連れ去るには、ここに来るしかない」
この神社が未来との連絡ゲートだったのか。思い返すと、アリスの事件で時間軸を移動したとき、毎回この付近に飛ばされていた。関連があるのかな。
「そういうわけで、美月を無理にここから連れ戻そうって魂胆か。俺たちをぶっ飛ばしてでも」
「あなたたちが追い付くかどうかは運次第だった。ギリギリ間に合うあたりが、自称正義の味方らしくていいんじゃない? お姉さん、そういう青春って羨ましいと思うわ」
ユリは美しい笑みを見せる。視線からビリビリ緊張が伝わってくる。敵意を隠しながら相手を最大限威圧する。これが大人なユリの圧力だ。
毎日連載を再開して、最終回までぶっ通しです。




