二十四.竜を殺さむ(5)
「ちょっとシュータどうしたのよ」
冷や汗が流れ落ち、動けないでいた俺の元にミヨが駆け付けた。ミヨは涙の跡などお構いなしに俺の隣に屈む。
『二人ともそこにいるのか? 大変、大変だ。家にいた美月が攫われた』
「は、はあ? 美月が誰に攫われたって言うのよ!」
『恐らくユリだ。妨害電波が出ていてルナの反応を追えないが、恐らくこんな芸当で急襲してくるなんてユリしかいない』
あのユリが? あいつこの前は鬼ごっこで負けて帰ったじゃないか。いきなり美月を拉致しに来るような感じには見えなかった。今美月はどこにいる。どこに行けば連れ戻せる。早く教えろ!
『あっせんなよ。落ち着け。観測を妨害する電波が出ている場所はみよりんの家から、神社へと向かっている。ルナをこっちの時間軸に「戻す」のならあそこしかあり得ない』
まだ近いし、今から行けば間に合うか。神社に到着するのを防げばいいんだよな。ところでミヨは美月をどこに置いて来たんだよ。いきなり攫われるなんて。
「私たちは一度家に帰ったわよ。美月はシャワーを浴びていて、その最中に私は居ても立っても居られなくて飛び出して来ちゃったの。深雪ちゃんがシュータに告白するかもしれないって思ったから」
「なんで俺と深雪がここにいるってわかるんだよ。当てずっぽうで飛び出したのかよ」
「いや。私はシュータのスマホをGPS監視アプリで追跡できるし……」
詳しくお聞かせ願いたいのだけど、今はそれどころじゃねえ。つまり美月が家に一人でいるところを、未来からやって来たユリが強制連行した。ユリは美月を未来へ連れ帰るつもりで、あの桜道を抜けた先の神社に向かっている。
「ご、ごめん。私が抜けていたばかりに」
ミヨが口元に手を当てる。いや、謝るのは後だ。
「ミヨはノエルに電話してくれ。すぐユリに追い付くぞ」
ミヨは何度も頷いて、スマホを取り出す。なぜこのタイミングなんだ。美月がシャワー中で無防備だったから? いや美月が一人になる瞬間を狙われていたのかもしれない。思い返すと美月が一人になる時間は今までどれほどあった? 学校では行き帰りも含めて一人でいることはほぼ無い。ミヨの家に両親が帰って来る日は、ホテルで寝泊まりしているからホテルの部屋では一人きりだろう。ただ、その行き帰りだって人目につかない所を長い時間歩いたりはしない。俺と出掛けたときもせいぜい駅まで一人で来たくらいだ。意外とこれまで隙が無かったのかな。だから油断した。
「ノエルくん、近くまで瞬間移動してすぐ来るって。あんた、深雪ちゃんに説明して」
それもそうだな。俺は気持ちを切り替えて、相園の所へ行く。相園は遊具の上で体育座りをしていた。俺が来ると、首を傾けて微笑む。
「どーしたの?」
「後で頭下げっから、今日は帰る」
相園は唖然とした。かなりショックを受けたみたいだな。
「一世一代の告白をして大失恋した女の子を捨てて、勝手に帰る?」
「あ、うん。後で埋め合わせする。でも俺とミヨは用事ができたから」
「ホテル行くの?」
「別に俺とミヨがノリノリになったわけじゃねえよ。ちょっと、一大事」
そりゃ相園にしてみれば、驚くような話だよな。ミヨが荷物を抱えて早く来いと指示する。わかった、すまないな深雪。俺はごめんと謝って公園を出た。暗くなった公園では相園がぽつんと残されることになった。
「自転車置いて来て良かったのかよ」
「持って行くわけにいかないわ。とりあえず角を曲がった所にノエルくんがいる」
ミヨと先を競うように走り抜ける。リュックも置いて来れば良かったじゃないか。大通りに出て、そこにはノエルが立っていた。チビだから暗くてもノエルだと識別できる。着ているのは黒のジャージだ。部屋着かな。ノエルは真剣な眼差しで俺とミヨを出迎える。事情はミヨから聞いているよな。すぐ移動するぞ。
「お待たせしました先輩」
待たせたのはこっちだ。呼び出して悪かった。
「本当ならマズいですね。美月先輩は現在と未来の接点です。いなくなってしまえば、永遠に会えなくなるかもしれない」
だろうな。ユリを倒すかどうかは現地で考えよう。まずは美月を確保しないことには始まらない。ミヨはノエルと手を繋いだ。俺にも手を差し伸べてくる。
「掴まりなさいよ。一早く向かうわよ。一刻を争うわ」
そうだな。ミヨは俺と手を触れると、一瞬引っ込めようとした。嫌だった?
「あや、ううん。やじゃないケド」
「では行きましょうか。準備はいいっすか?」
ノエルはミヨと繋いだ手を確認する。そしてもう片方の手は握ったまま。
「そう言えば、みよりん先輩。泣いてません?」
「泣いてない! 早くしなさい、バカ犬!」
ミヨにせっつかれ、ノエルは集中する。待っていてくれ美月。必ず連れ戻す。




