二十四.竜を殺さむ(4)
――ミヨだ。ミヨの声がする。暗くて人影しか見えない。やがて自転車を押したミヨが公園の入り口から現れた。どうしてミヨがここにいるんだ。急いでここまで来たのだろうか。息を切らしている。ミヨは俺と相園を真っ直ぐ見上げる。
「シュータ、待ってよ」
――泣いてる⁉ ミヨは自転車をスタンドを立てずに放り出し、遊具の下へ駆け寄って来た。自転車はバタンと倒れる。やっぱり照明に当たったミヨは涙を流していた。聞いていたのか。
「だめ!」
ミヨ?
「ごめん、深雪ちゃん。フェアじゃないよね。でも我慢できなかった」
「……やっぱり来てたんだね」
相園はミヨから目を逸らした。
「シュータを借りるって言ったわよね。私が貸したんだから、返してもらっていいわよね」
「言いたいことがあるなら、言ってみなよ。そっちにも度胸があればね」
相園がミヨに応じた。ミヨは涙を袖で拭う。制服にパーカーを着ているだけの恰好。
「シュータ、私は素直になれないから、自分の気持ちを上手く伝えられる自信が無いけど、言わせて、欲しいの」
「なんだよ」
「お昼にさ、あなたと美月がお似合いだって思ったの。だから、私は応援するって言いたかったのよ。もしシュータが美月のこと好きで、付き合いたいなら応援したいって。けど無理だった……! 声が出ないのよ。上手く言えないの。嘘は言えない性格みたい」
まあ、そうだろうな。ミヨは。だからそんなに泣くな。
「それでも私なりに覚悟はしないといけなかったのよね。私の幸せも大事でしょうけど、シュータや美月が幸せな方がやっぱり一番嬉しいもん。シュータも美月も大好き。聞いてね、頑張って言うから」
「……」
ミヨは五秒息を整えた。逆に涙があふれてくる。俺は相園の手をほどいた。脚を開いて、すっと地面に下りる。泣きじゃくるミヨの頭を撫でた。ごめんな、ミヨ。たぶん俺が知らないところでたくさん悩んでいたのだろう。ミヨは目を擦って俺を見上げる。
「高校生の間だけ、シュータと美月が結ばれるのなら、二人を応援する」
「そうか」
「わかった? 私は百歩も二百歩も譲ってあげたのよ。こんないい女の子ほかにいないのよ。あんた男としてサイテーなのよ。わかってるの?」
「わかってるよ。なら俺も誓わせてくれ。俺は美月もミヨもあるべき形で幸せにする。死ぬときには、俺と出逢って良かったって思わせるよ」
「うっ、気障なやつ。ホント嫌い」
ミヨが泣く。こんなに女の子を泣かせる人生だと思わなかった。俺は本当に悪いやつなのかもしれない。へこむ。上を見ると、相園がニコニコしていた。
「アイくん、モテ男だね。良かった良かった」
告白の返事がまだだったな。さて、何と答えたらいいのか。ミヨが俺のズボンの端を引っ張る。ミヨはどうしたい?
「深雪ちゃん。さっき、言った通りよ。私はシュータと美月が付き合うのはいい。でも深雪ちゃんとシュータの関係は、応援できない。シュータが深雪ちゃんに取られて、どっかに行って、私の知らないところで知らない笑顔をしていると考えるだけで、吐きそうになる。自分が酷いことはわかってるわ。それを承知で、お願いだから、シュータを取らないで。私を見つけてくれた世界で唯一人のヒーローを、取り上げないでよ……」
ミヨは涙をこぼして俺に抱き付いた。相園は微笑を崩さない。
「泣くのはズルいよ」
「泣くつもりなんか無かったわよっ。自然とあふれてきちゃったのよ」
「そうだね。みよりんは嘘が苦手で人間くさいところが魅力だもんね。子供みたいに」
相園はもう一度空を見上げた。星なんかほとんど無い。月だって中途半端だ。
「大事なのはアイくんの気持ちだよ。答えを教えて」
俺もハッキリしないといけないな。二人が勇気を出したんだ。俺もできるだけ包み隠さず正直に話そう。俺だって、四月からこれまで色々あって色々考えてきたんだ。答えは出ている。
「まず深雪、俺はお前のことが好きだ」
背中に掴まるミヨがギュッと俺を抱き締める。「やめて」と小さく呟く。「行かないで」と。
「だけどな、ごめん。深雪の告白は受けられない。付き合うのはできないってことだ」
ミヨの腕が緩んだ。俺の視線の先にいる相園は笑顔で長い溜息を吐いた。
「いいよ。アイくんに選ばれたいんじゃない。私がアイくんを選んだんだ。負け惜しみでも何でもなく、私はアイくんの選択を尊重するよ。結果は変わらないわけだしね」
相園は足を組んで笑った。そして目の端を擦った。こんなに辛いのか。どうして自分を好きになってくれた相手にゴメンなんて言わないといけないのだろう。苦しいけど、嘘を吐く方が苦しいよな。
「アイくんは、好きな子がいるの?」
改まって訊かれると恥ずかしい。でも相園だってきちんと言ってくれたんだよな。
「俺はさ、皆知ってると思うけど前から――」
――なんだ? どこかで音が鳴っている。電話の着信音だ。ミヨではないよな。
「シュータ、あっち」
ミヨがブランコを指差している。俺か相園のリュックかな。
「私のことは見ないで。泣いて顔がぼろぼろ」
ミヨにはたかれた。理不尽な。俺がブランコの柵を跳び越え、スマホを取り出すと着信がある。今の時間に電話を掛けてくるなんてどんなヤツだろう。せっかくの場の空気が台無しだ。今なら何でも話せる気がしていたのに。
血の気が引いた。電話の相手は「伊部」。未来人が何の用だよ。おい。
「も、もしもし伊部?」
『シュータァ! 早くしろ、どこにいるっ? ルナが攫われた』
な、何を言っているんだ。美月が攫われたって……。目の前が真っ暗になる。




