二十三.神の助けあらば(40)
「最近の海老名くんは、別人みたいで嫌だ。こんな良い人は海老名くんじゃない! 全然推せない」
自分だけが良さをわかっているという優越感が横川の欲しているものなのだろうか。もう考えが何周もしていて俺たちには難しい。そこで海老名が横川を無理やり立たせた。
「おい、横川。お前そんなことで大勢の人に迷惑掛けたのかよ。俺は西也とは違う。いい意味でも悪い意味でも。勉強はできないが、運動は好きだ。バレーは辞めても、今は楽器に熱中してる。酒木が自分のこと好きじゃなくてもめげないし、浮気なんて御免だ。委員会も最初は面倒だったけど、副会長や相田先輩を見習って頑張った。俺は俺で真剣に生きてるんだよ。なんでわかってくれないんだ。わからないなら友達やめるぞ」
「うう、ダメ男の科白じゃない。おかしい、こんなはずでは……」
横川は怯えたように海老名を見上げる。海老名はグーで屋上の手摺りを殴った。
「なんでわかんねーんだよ」
重症らしいぞ。どうしようかと思っていると、すぐ横を影が通過した。その影は横川まで疾走し、彼女の頬を思い切り叩いた。パチンと音が鳴る。
「ばっかじゃないの! 帰るよ」
酒木だった。一層日焼けした腕で、横川をヘッドロックする。
「聞いてたのか、酒木」
「はい、先輩方、すみませんでした。ご迷惑をお掛けしました。私が責任持って更生させますから」
「ちょ、酒木ちゃん。やだ、私は海老名くんを――」
「海老名は私の彼氏だから、不必要なトラブルに巻き込まないでっ」
ぐっと首を絞められ、横川は泣きじゃくる。酒木に連れられて屋上の扉へ。
「なんていうか、娑婆でも生きられるようにしてやってくれよ」
「うん、私はもう怒ってないから、頑張って」
俺と相園に見送られ、酒木は頷いた。横川は「すみませんでした~」という言葉を残して消えていく。終わったのかな? とにかく相園に危害が加わることはなくなりそうだ。その場に残されたのは海老名だ。
「俺が言う資格ないかもしれないっすけど、疲れた」
激しく同意。
「横川は昔っから変わったヤツで――って言っても許されないですけど。俺らが何とかします」
ああ、頼んだぜ。そして二度と相園に関わるな。
「もちろんです。ところで、委員会ではお世話になりました。先輩たち」
海老名は頭を下げる。むしろ協力してくれて俺たちは嬉しかったけどさ。
「副会長も相田先輩も、イケてましたよ。流石っす」
海老名は頭を下げて、屋上から戻って行く。見た目と横川の印象操作のせいで勘違いしていたけれど、海老名自身はまあまあ好青年だ。ちょっと気持ちに整理がつかないが、これにて解決でいいか?
「深雪」
「うん、ありがとう。まさかこんなことになるとは思わなかったけど、安心した。アイくんって本当に解決できちゃうんだね」
今回は皆が総力を結集してくれたおかげだな。色々足で稼いだ。
「でしょ? シュータって数カ月に一度活躍するのよ」
ミヨに肩を組まれる。黒髪がくすぐったい。お前、リボン外せば? 気に入ってんの?
「シュータが可愛いって言うんだもん」
言ってねーし。ミヨのニコニコを間近で見て思わずそっぽを向く。
「ミヨも美月も可愛いぜ。深雪もそう。四人で写真撮るか?」
我ながら粋な提案をしたと思ったのだが、驚かれた。ショックだぜ。
「シュータさん、照れ屋さんですね。ずっと写真撮りたかったんでしょう」
美月に微笑まれる。別に、皆が撮りたいって言うから乗っかっただけだ。スマホをミヨと美月がセッティングする。相園は俺の元に来た。吹っ切れた笑顔だ。
「アイくん、その、いつもこんなことしてるの? 誰かの為に」
いつもと言われると自信が無い。やるときはやるけどな。俺は頭を掻く。日が傾きかけた空から夕陽が当たる。眩しいな。
「カッコ良かったな。一年生のときの気持ち思い出した」
「そ、そうか。いつでも頼ってくれ。俺は深雪の味方だって言ってるだろ」
「あはは。本当はハグしてあげたいけど、みよりんと美月さんがいる前じゃできないね」
せんでええわ。俺は別に相園からお礼が欲しくてやったんじゃない。友達として助けたかったのだ――
「――は?」
「――あ。ごめん。つい」
相園が抱き付いてきた。俺が戸惑う間にもぎゅっと放してくれない。顔を胸にうずめているので吐息の熱を感じる。俺は手をどうしたらいいのかわからない。
「本能的にハグしちゃったじゃん」
「深雪、やばいって」
「何が?」
「――ミヨが」
「へ?」
俺と相園が抱き合っているのをミヨが見つける。ミヨの怒りゲージはコンマ0秒でマックスに達した。未だかつて見たことないほどの憤怒に身をたぎらせ、目にも止まらぬ速さで俺たちの所へダッシュして来た。
「ゴミシュータ‼ 浮気者‼ 破廉恥‼ 恥を知りなさい‼ 今日だけで三人の女子を抱きやがって」
俺に怒ってるのか? 抱き付いてきたのは相園だぞ。ミヨは無我夢中で俺と相園の間に入ろうとする。引き剥がそうと必死だ。俺も死期を悟り、離れようと思うのだが相園がくっ付いて離れない。
「ねえ、離れてよ。シュータの女たらし。やだやだ」
「わかってるよ。深雪に言え」
相園は俺を見上げたまま手をギュッと握っている。何が目的だ、お前。
「――ごめん。つい、カッコ良すぎたっす……」
そう言うと、途端に手をほどいた。俺とミヨは盛大に尻もちをつく。なんか色々危なかった。すると同時にミヨが俺の上に跨って、マウントを取る。なぜ俺が下敷きに?
「シュータに気安く触っちゃ駄目! 私が上書きしたからね!」
「はいはい。みよりんはホント相田くんが好きね。ごめんね。借りちゃって」
「違うわよ! 好きじゃないのよ。シュータは皆の物なの! いくらでも貸すわよ。こいつがイチャイチャしてると鬱陶しいの。シュータに怒ってる理由はそれだけ!」
わかったからどいてくれ。軽いけど邪魔だ。俺はミヨの脇を持ち上げ、立たせる。落ち着いて深呼吸し、状況把握に努める。相園に抱き付かれ、ミヨにはがされ、ミヨに馬乗りにされた。俺は……モテ期到来かな。
「シュータ最悪」
やっぱミヨには嫌われているらしい。相園はあんな大胆なことした後にもかかわらず、笑って涙を拭いている。どこがおもしれーんだ。思わず溜息を吐く。ミヨ、寂しかったよな、ごめん。
「寂しくないわよ。いい加減にしないとぶつわよ。心配させないでよ」
わかったって。写真撮るんだろ。ええっと美月は?
「あ、準備できましたよ」
美月は予想外なことに笑顔だった。駆け寄って来て、立ち位置を指示する。立て掛けられたスマホの前に並ばされる。
「シュータさん、ハチマキ巻いてください。笑顔を忘れずに、ですよ」
美月がニコリとする。いつもの綺麗なスマイルだ。だが俺は気掛かりだったので、
「美月、さっきのことは――」と言うと、
美月は一瞬だけ、目を伏せた。だがすぐに目の輝きを取り戻し、ニコッとする。
「シュータさん、ナイスです」
「は?」
「ふふ、相園さん、喜ばせられましたね」
そう耳打ちされた。相園は喜んだだろうけどな。でも美月は……? 美月は親指を立てた。それからタイマーで写真を撮る。俺は三人とも何を考えているのかが気になって、上手く笑えてなかったかもしれない。
幕間の不条理劇 9
阿部「サナちゃんセンパイ♡ 今朝も麗しいです」
佐奈子「蒸し暑いから抱きつかないで。えい」
阿部「ひゃああん‼ 変なところつつかないでください」
佐奈子「……ご、ごめん? 強かった?」
ノエル「伝言でーす。あ、あれ」
阿部「ふぇ、ノノノ、ノエルくん?」
佐奈子「やあ、みよりんから連絡かな」
ノエル「これを渡せと。ええと、ちゅ……」
阿部「――ちゅ⁉」
佐奈子「?」
ノエル「落ち着いてユウコ――タコちゃん。中間考査までに返事が欲しいと。ではこれで失礼します」
佐奈子「ストップ。タコちゃんとノエルくん、昨日二人で会った?」
ノエル「な、なんでです? 確かに、一日勉強会をして」
佐奈子「何の勉強?」
阿部「そりゃ色々。……ふ、フツーに数学とかですよ!」
佐奈子「君たち、ヤッたな」
阿部「……」
ノエル「……」
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