二十三.神の助けあらば(35)
「待ちなさいよ!」
割り込んできたのは、ミヨだった。白組が勝ったのにちっともルンルンじゃない。背後にはノエルと、金ヶ崎まで引き連れている。恐ろしい集団だ。
「私も連れて行きなさい」
なんで。俺が率直にミヨに質問すると、
「一人じゃ退屈だからよ」
シンプルな答えだ。まあいいよ。で、ノエルは付いて来るわけじゃなさそうだな。
「ええ。金ヶ崎さんと話して帰ろうかなと」
二人で話すことになったようで何よりだ。ノエルはまだ戸惑っているが。
「相田先輩ありがとね。頼りになるじゃん」
金ヶ崎からお褒めいただいた。はいはい、恐悦至極だ。後はお前らで努力しろよ。きちんと話し合えばわかるはずだ。
「そうです。シュータさんは頼りになる男なのです」
美月がニッコリした。そうだろうか。ミヨや相園たちも「そうだろうか」と俺を眺める。その話はさておき、
「金ヶ崎、一個訊いておくけど、海老名の兄と食事したとき、本当に顔が好みだからってだけで一緒にいたのか?」
なぜ今? という表情で金ヶ崎に訝しがられる。
「そう、だよ。だけど話が合ったのもあるかな。西也はバレー部なんだけど、身近な人でバレーの上手な選手が辞めちゃって引き留めようとしてたみたい。ウチも空手で拓海を慰留したかったから、話が合って……」
そういうことなのか。おけ、わかった。ノエルが俺を見上げている。
「先輩、俺には質問ないんですか?」
うーーーーーんと、ねえな。思いつかない。いや、別件で話したいんだけど。お試しで。美月の名前ってさ、
「ふむふむ」
俺はノエルに耳打ちした。突拍子も無いことだから、驚かせるかもしれないと思ったけど、案外ノエルも気が付いていたらしい。簡単な推理だけど当たっていたら面白いよな。
美月は何の話をしているのかわからずキョトンと俺たちを見ている。ミヨや相園もそう。
「何を話してんのよ。馬鹿シュータ」
いきなり人の知能をこけにするな。
「みよりん先輩、何でもないっすよ。……俺がシュータ先輩のひいき球団の中で誰がイチ推しか尋ねただけっす」
ノエルが厳しめのパスを出す。心中では舌を出しているに相違ない。ど、どういう意味だ? と考えてああそういうこと、と俺は答えを用意する。
「俺はルーキーが好きだよ」
「へ、ふええええ⁉ な、なんですかシュータさん⁉ 何かおっしゃいました?」
美月が予想通り大慌てする。未来関連のことなんだけど、これはビンゴかな? ノエルに目線で「我奇襲二成功セリ」と合図を送った。美月がこの答えに驚くってことはやはり――そういうことだよな。
「今年のドラ1ルーキーは最速150㎞/h超えのリリーバーだ」
「そ、そういうことでしたか」
美月は両手で心臓を押さえた。顔が火照っている。
「ちなみに美月先輩の好きな食べ物は何ですか?」
ノエルがまた変な質問を加える。攻め過ぎだ。
「う、ウニですけど……」
ノエルは忍び笑いをした。相園だけでなく、ミヨも訳がわからず呆れている。また男子が馬鹿なこと言ってるとでも思っているのだろう。でもな、坂元。俺はきちんと皆のことは見ていたよ。あとは己の気持ちだけだよな。
「好きなもの勝負してんの? みよりんの好きなものはー、シュータに買ってもらったお気にのリュック! って岡ちゃん持って行っちゃったの?」
ミヨが何やらほざいている。俺がツッコもうとしたとき、背後に人影を感じた。そこにいたのは横川の手を引いた、海老名弟だった。
「なんだ海老名か。委員会の仕事なら、俺はちょっとパスだ」
「あの、相田先輩。横川に話があるんでしょう。俺も入れてください」
横川は蒼白のツラで汗を垂れ流している。酒木が伝えてしまったんだな。横川が相園に泥を投げたことを。俺たちも揃っているし、場所を変えよう。
「酒木はショックだったみたいで来ません」
海老名は手すりにもたれかかってそう呟いた。俺は建物の壁に背を預けてしゃがみ、「そうか」と言う。隣では相園が体育座りをしていた。
ここは本棟の屋上。下は片付けなどで騒がしいから、誰にも邪魔されない場所を選んだ結果だ。ここなら風が涼しいし、誰にも会話を聞かれない。ちなみに横川は海老名の横でいじけたように突っ立っている。美月とミヨは立ったままだ。
「酒木から聞きました。横川が、相園副会長にあんなことしたんですか」
海老名は半信半疑で不愛想に訊く。まだ疑っているのは相園と、調査の全貌を詳しく知らないミヨも同じだ。
「アイくんは、わかったんだね。証拠でも見つけたの?」
「いや、見つけてないけど。でもどうなんだ? 横川は」
俺は横川の認否をひとまず訊いた。横川はニヤニヤした。
「私、なんで疑われてるんだろ。知りません!」
あくまで否定するか。そりゃそうだ。ミヨが黙ってない。
「シュータはきちんと考えて物を言う人だわ。嘘やハッタリは言わないわよね?」
もちろんそのつもりだ。まず俺の推論から話そうか。順序を追って、話に無理がないことを確かめていく。横川は相変わらず何を考えているかわからない。
今回はアリバイ問題なので、誰がどこで何をしていたか整理すれば、おのずと犯人を割り出せます。




