二十三.神の助けあらば(35)
閉会式で整列させられることとなり、グラウンドに並んだ。空は青く晴れ、風が涼しくなってきた。国旗後納が終わって校歌を歌う(俺は口パク)。正直、俺はこっからどうしようかなーと上の空である。俺は真実を知りたいのではなく、相園を守りたいのだ。なるべく穏便にこの話に決着をつけたい。ひとまずは――
「ふあぁあ」
力が抜けた。俺は膝から崩れ落ちる。振り返ると冨田が膝カックンしていた。
「やめろっ」
「ちゃんと歌え」
小声で注意される。考え事してたんだって! 変な声出ちゃったじゃないか。片瀬や相園が軽蔑の目線を送ってくる。言っておくが、お前らのたくましい想像力が生み出すような状況じゃないぞ。ただの膝カックンだぞ。
「恥ずかしい。早く立てないの?」と相園。
「俺のは立ってないぞ」
「何言ってんのよ!」
辺りがしーんとなるくらいの大声で相園がツッコむ。周囲の視線を受けて、俺も一緒に赤面した。
「お前ら、周りを巻き込む劇場型恋愛だな」
冨田に呆れられる。確かに俺と相園は意図しない形で目立ちすぎる。ああ、そうだ。このあと時間あるだろ? 調査の結果報告を頼むよ。ちなみに体育祭の結果は、
「記録係、一年一組、金ヶ崎です。結果を発表します。紅組370点。白組…………(無駄にためる)…………425.2点。三年連続十七度目の白組の優勝です」
白組が沸き立つ。つまりミヨたち偶数クラスの勝ち。俺たち五組は負け。ところで得点の端数はどこで生じたんだろうね。得点調整でもやってんのか。
閉会式後にそのままクラス単位で集められて、簡易的に帰りのホームルームをする。それが終われば晴れて解散となるのだが、もちろん気分は重い。美月は、暗い俺の表情を見て、
「シュータさん。見てください」
フグの顔。変顔した。いや、いいんだ。別に笑いたいわけじゃないし。可愛いよ。――美月はがっかりした。ホームルームが終わり担任に帰るよう命ぜられて、俺たちは立ち上がる。本来なら用具係として片付けに勤しむべきなのだが、今日はそうもいかない。片付けは佐奈子たちに任せるか。
「美月ちゃん、えらーい! 相田くんのこと励まそうとしてるの?」
福岡が美月を背中から抱き締める。美月は照れ臭そうに福岡の腕を握る。
「そ、そのつもりでしたけど。もう私にはこれくらいしかできることが無いので」
福岡は一瞬黙ってから、「そう言わずにさ」と美月にかまう。冨田は拝んでいた。
「俺は女の子が二人で純粋に仲良くしてるのもイケるんだ。清潔で美しい花のように見える。アイもそうだろ?」
さあな。羨ましいとは思う。
「アイちゃんならわかるだろ?」
冨田が相園に問う。女子に訊くな。
「深雪、百合って知ってるか?」
「ゆ、ゆり? なんのこと話してるの?」
ほら、やっぱ知らなかった。相園は何かエッな話を振られたと思ったのか、かなりドギマギしている。ったく冨田はくだらない知識ばっか蓄えやがって。テストも頑張れ。
「あ、アイくん。この後のことなんだけど」と相園。
そうだな。話しておかないと。俺は汗を袖で拭う。
「目星はついているんだよね? 単刀直入に訊くけど、私はアイくんに付いて行った方がいいのかしら」
俺は考えた末に、どちらでも構わないと思った。知りたければ来い。そうじゃないなら聞かない方がいい。後悔する可能性も無いわけじゃない。
「どうしよっか」
相園が斜め下を向いて、独り言のように呟いた。しばらく悩んで答えを出す。
「私は当事者として、知りたい。私も巻き込んで欲しいって言った言葉は取り消せない」
「巻き込んで欲しい? そんなの聞いてないけど」
「あっ。いや、そっちじゃなくてっ――ていうか! 決めたことなの」
何を慌てているのかわからないが、自分の心中では逃げないと決めたのだろう。だったら付いて来てもらうしかない。ところで、冨田から話があったのでは。
「お、そうだな。アイに頼まれた水道の場所調査だ。俺と岡ちゃんでグラウンド周辺を調べ上げた。今から簡潔に教える」
助かるよ。冨田と福岡がドヤ顔している。表情が似てきた……。
「まず、グラウンド内の屋外には蛇口が付いた水道が四カ所ある。ちょうど四隅だ。蛇口の数は二個から四個まで様々だし、手洗い専用から足元まで濡らせる水道もあった」
「そんで、水がまき散らされているようなことはあったか?」
「無い。だって地面が舗装されているからな」
なるほど。大方予想通りだ。福岡がさらに、
「本部裏の建物には水道とトイレがある。そこも、特に汚れているわけではなかったな」
と補足する。あの建物の中にある水道は忘れていた。でもそこでないとすると残るは、
「校舎がある方の敷地でしょう」と美月。
冨田が頷いた。そして、したり顔。何か発見できたのか?
「ああ、一つだけ屋外水道でしかも周囲に水が飛び散り、横に水溜まりの跡があった。今は乾いて固まっていたが、でこぼこへこんでいたから恐らく当時は泥状になっていたはずだ」
なっ。そこまで綺麗に証拠が残っていたのか。どこの水道だ。流石に俺も前のめりになる。結構大事な証言だ。冨田は福岡に譲った。福岡が言うには、
「体育館裏の水道だよ。グラウンドから接続するところに一番近い場所」
グラウンドから入ってすぐの所。それって俺がミヨのハグを受け取った場所の近くだ。そう言えば横に水道があったような記憶がある。ここなら事件現場ともさほど離れていない。
「ほ、他にも水道はあったけど、これといって怪しい形跡は無かった。スプリンクラーやホースが付いた蛇口も見つけたよ。でもたぶん無関係。それらしい様子も無い」
「つまりだ、アイ。俺たちが思うに犯人が泥をこしらえたのは、体育館裏の水道だ。日照り続きでどこも地面は乾いていた。アイが探し求める条件と一致したのはそこしか無い」
上々だ。調査ご苦労。あとで何か願い事や欲しいものでも言ってくれ。今回だけは本当に役に立ってくれた。
「じゃ、スマートウォッチで」と冨田。
「私は図書カードでいいよ」と福岡。――前言撤回。
「と、とにかく皆、私のために動いてくれてありがとう。お礼言わせて」
相園が頭を下げた。
「いいんだ、アイちゃん。この程度でよければ」
「そうだよ。深雪さんには、日ごろからお世話になってるし」
冨田と福岡に逆に励まされて、相園は微笑んだ。
「じゃ、俺たちにできることはここまでだろーし、後は椅子片付けといてやるよ」
「私は荷物預かろうか? 頑張ってね。相田くん」
さあ俺たちも行こうか。美月、深雪。




