二十三.神の助けあらば(34)
「10分くらい、何してたと思います?」
「写真撮ってた。海老名の写真かな」
「は、はあ? ホントにエスパーじゃん!」
俺はエスパーなんていう超能力は持ってないぞ。読心術の超能力者には出会えていないな。出会いたくもないけど。
「シュータさん、どうしてわかるのですか?」
美月も興味津々で尋ねる。なぜ酒木が写真を撮ったと思ったのか。悪いけど完全に勘だよ。酒木が「スマホをいじってた」という表現をしたのと、
「あとあれだよ。今日は皆その話をするんだ。深雪やミヨも俺の写真を撮ったとか言うし、金ヶ崎もノエルの写真撮るし。それに、美月も学級委員だから覚えているだろうけど卒業旅行でも班ごとの写真が必要で、酒木だって休日に俺と深雪のスキャンダルショットを撮っただろ? 皆、何かにつけて写真を撮りたがる」
俺にはその気持ちがわからない。頭に残っている思い出だけじゃ不足なのだろうか。美月は人差し指を立てた。
「シュータさん。写真というのは、記録目的だけではないのです。記憶を喚起するだけものでもないのです」
じゃあ何だというのだろう。
「シャッターを切った人の視線を切り取ったものです。何を収めて、何を切るか。その場の臨場感と感情を切り取るものです。ですから、写真は全部誰かの思い出なんですよ。大事な人の写真を残したいのも、それと同じです」
未来人の私も同じです、と美月が言いたいのだろうと思った。ノエルのことを想ってシャッターを切る金ヶ崎。海老名の写真が欲しかった酒木。深雪とミヨも同じだったのかな。
そして、俺も同じだ。翁川にお花見のときの美月の写真をねだったじゃないか。お花見の美月の様子や歌声は今でも鮮明に覚えているというのに。でも、あの写真の笑顔は何だか俺の知らない美月の魅力を教えてくれる新鮮さがあった。第三者の視界から見た美月。あれは翁川にしか撮れない美月で、俺の知らない顔なんだ。だから欲しがったんだ。
「酒木も、海老名が好きだから写真を撮ったのか?」
「うーん、間違いではないですけど……」
酒木は眉を下げる。違うのか? 何か決定的な瞬間を捉えたかったのだろうか。
「初めて、カッコイイと思ったんです。あいつのこと」
初めて……。彼氏のことを「初めて」カッコイイと思った? どういう意味だろう。
「海老名は高校に上がって、お兄さんと別れて、相田先輩と会ってカッコ良くなったんです。中学まではバレーだけが取り柄で、それ以外では双子の兄に勝ったことが無かったような人です。
だからちょっとやさぐれ気味で、私はそういう海老名のこと正直そこまで好きじゃなかった。でも、今は違います。けいおんで好きな音楽やって、テストも赤点回避して、委員会の仕事も真面目にやってる。今日、それに気が付いて惚れ直しました」
見とれてたから仕事をサボったのか。困るなあ。でも、ということは今まで海老名を好きではなかったのか。中学から付き合ってたんだろ?
「うん。告白されたからOKしただけです」
「好きではないのにですか?」
美月が訊く。酒木はまた苦笑いだ。
「内緒ですけど、海老名の兄がすごくモテモテで、私もワンチャン仲良くなれないかなって思ってたんです。そこで弟に告白されて、性格は違うけど同じ顔だしいっか、みたいな」
美月も俺もガーンとショックを受けた。兄の西也が好きだったから⁉ 最近の俺はあんなにも美月との関係を真面目に考えているのに。酒木みたいにノリで付き合う人間ばっかりじゃ馬鹿馬鹿しくてやってられないよ。
「あ、でも一番は友達のヨコの猛プッシュがあったからです。横川って知ってますよね。あの子、海老名の大ファンで、すごくいい人だから付き合えってしつこいくらい私を説得したんです。それに押されて、ってのもあるなー」
横川が海老名を勧めただと? 横川って海老名を最低の不倫ブタ野郎だとか言ってなかったか(そこまでは言ってない)。
「なんで横川が、海老名のファンなんだよ」
「元々バレー漫画が好きだったみたいで。バレー部の一年エースだった海老名弟のことを応援し始めて、ファンになったって本人は言ってます。ダメ人間なところ、ぶっきらぼうなところ、目つきが悪いところ、頭も悪いところ、たまに優しいところが好きだって。珍しいんです。私も含めて、普通の女子は優等生の兄の方を慕うから」
まあ、第一印象は電話で話した兄の西也の方が良かった。
「じゃあヨコが付き合えばいいじゃんと私は諭したんです。けど、あの子は『ナメクジみたいな私じゃ釣り合わない。陽キャの酒木ちゃんがあの海老名と付き合うから、見ていて尊いんだよ』って力説されました。なんか、滅私奉公的な推し活みたいで」
き、気持ち悪いな。異次元のキモさだな。何だよそれ。
「でも今日、委員会の仕事を汗かいて必死にこなす海老名を見て、付き合って良かったと思いました。イェイ」
酒木はピースを作った。ああ、そうかい。じゃあその写真を見せてもらおう。
「これでいいですか?」
海老名が綱を引っ張って位置を直す瞬間だ。遠すぎてピントが上手く合っていない。逆に見せるのはこれでいいですか。
「このときがダントツ真面目そうですもん。多少ピンボケでもいいんです。私はこの写真が好き」
大事なのは撮ったときの気持ちだとすればな。で、写真の時刻は12時7分。綱引きが後半に入った頃だ。10分には相園が発見されている。美月がスマホを覗き見る。
「角度から考えて、恐らく入場門の脇でしょうか」
「だろうな。他に写真ある?」
酒木はスクロールする。
「いや、恥ずかしいので三枚だけ。それに見ていたらスマホのことなんか全然思い出せなかったです。真面目にあいつのこと見ちゃった。一応12時5分に二枚写真を撮ってます」
5分から7分のアリバイ成立だ。つまり予想通り酒木は犯人じゃなかったってことだ。この後、佐奈子たちの元に行ったのだ。
「いやあ、お昼は誤魔化してごめんなさい。海老名の前でこんな話できないでしょ。躊躇っちゃった」
酒木は頭を下げて謝った。美月がお姉さんとして後輩の顔を上げさせる。
「気持ちはお察しできます。本当のことがわかれば、私たちは責めません。私たちは警察でも何でもなくて、ただ相園さんのために動いているだけなのです」
「美月の言う通りだ。偽りの無い証言が欲しかっただけ。犯人を捜すためにな」
酒木は解放してやろう。これ以上付き合わせると、海老名が心配する。
「ところで、先輩たち。副会長を襲った犯人の目星はつきそうですか?」
酒木も事件のことを気に掛けてくれるらしい。第一発見者の一人だったもんな。
「間違いないよ、美月。俺の考えはやっぱり――」
「はい。その、横川さんという方なんですね」
酒木は名前を聞き絶句した。
幕間の不条理劇 8
ミヨ「シュータ、課題忘れて今やってるの? 朝から馬鹿ねえ。ゲームしない?」
シュータ「忙しいんだよ。くそ。本当にかまちょだよな」
ミヨ「二人王様ゲームしましょ。勝った方が、相手の言うこと何でも聞くの。面倒臭いからじゃんけんで決めるのよ。じゃーんけん、ポン」
シュータ「ポン」
ミヨ「あら、心外。負けちゃった。しょうがないから、な・ん・で・も言うこと聞いてあげるわよ♡ どうする?」
シュータ「ちょっと黙ってろ」
ミヨ「……」
シュータ「……」
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