二十三.神の助けあらば(33)
仕事を終えて、用具テントに戻る。美月が心配そうに俺の帰りを待っていた。酒木は俺の背中に付いて来た。
「ええっと、先輩? 告白なら絶対今のタイミングじゃないですよ」
「告白なんかするか。お前は彼氏がいるんだろ」
酒木は苦笑いした。俺が相園の件で忙しくしていることくらいわかっているだろうに。
「彼氏って俺のことですか?」
海老名も仕事だったのか。海老名はポリポリ頭を掻いている。さてカレカノを揃えてしまったが、どうしようか。
「相園のことで酒木に事情聴取している。そうだな酒木、海老名も一緒がいいか?」
酒木に訊いてみる。酒木は首を横に振った。
「悪いけど、ヨコと一緒に待ってて。私、相田先輩に乗り換える」
そう言って、ぺろりと舌を出した。海老名は溜息を吐いて「相田先輩に彼女寝取られたー」と棒読みした。俺には美月がいるので、決して他の女の子に手出ししないよ。美月はさっきからソワソワしてるね。
「シュータさん、怪我ないですか?」
流石に膝をついて倒れただけじゃ、傷はできないよ。芝生の上で助かった。
「みよりんさんが、シュータさんの転ぶ姿が見えたと言っていたので……」
だから転ぶことが前提で話していたのか。思い出してみれば、朝にミヨにも絆創膏を勧められたっけ。
「ま、静かな校舎の方で話そうか」
美月と酒木を連れて、体育館の側壁の階段に座った。涼しくていいや。美月が酒木の隣に座って、律儀に自己紹介する。美月のスマイルを見て安心しない人間はいない。俺は一段上に座って眺める。そう言えば、冨田たちの調査は終わったかな。
「――というわけで、それがウニの下位置換なんです。大体、私のことはわかっていただけましたか?」
「はい。要するに竹本先輩は、相田先輩の彼女なんですね?」
「な、なんにもわかってません!」
聞いてなかったけど、酒木と美月はきちんと自己紹介できたのだろうか。俺は頬杖をついて美月と酒木を見下ろした。
「で、先輩の話とはなんでしょう。副会長のことですかね」
「そうだ。昼は誤魔化してただろ。きちんと打ち明けてもらわなきゃ困る。俺は深雪に平穏な学生生活を取り戻して欲しいんだ」
酒木は目を逸らして、しばらく押し黙った。美月が気遣わしげに、
「酒木さんが教えてくれないと、私たちは前に進めないんです。説明してくださいませんか」
「私のこと、疑ってるんですか?」
酒木が俺のことを振り返り見た。さあどうしようか。
「綱引きのときの話をしよう。酒木は女子の徒競走を終えて、退場門にいたな。それから救護テントの裏を通って、記録係のテントも通り過ぎた」
酒木は頷く。俺が思うに、そちらのルートを選んだはずだった。会場の地図を参考にすればわかる。
「それからだ。お前はまず競技場の裏に抜けて、自動販売機で飲み物を買った。たぶん水だ」
「わお、エスパー? どうしてわかるんです?」
金ヶ崎と一緒に自動販売機の位置を確認し、佐奈子の証言もプラスした。
「用具係の小野佐奈子が預かっていたペットボトルが、酒木の物だとわかったから。競技後に酒木は手ぶらだったはずだろ? それから自席に戻らずに飲み物を手に入れたんだ。買ったと考えるのが普通じゃない?」
「そうですね。確かにそこで買いましたよ」
「支払いはスマホでしたのか?」
「なんでもお見通しだな」
小銭を持ち歩いているとは思えない。飲み物を買うためのお金はスマホに入っていたのだろう。美月が「あれ」と言う。
「スマホは持っていたのですか?」
「えへへ。置いて来るの忘れちゃって。自分が走るときは待機してる子に渡して、持っていてもらったんです。私、無意識にスマホを触っちゃうから。肌身離さず。こうやって」
酒木は体操服のズボンのポケットから、透明ケースのスマホを取り出した。いつだったか自分でケータイ依存だと言っていたな。
「それでも、飲み物を買っただけでは空白の時間を説明したことにはならない。お前は確か、『タオルを水に濡らして』とも言ったよな」
昼の酒木の証言だ。
「そうですね。本部テントから少し歩いた所に水道があるんです。競技場の建物の壁に沿って蛇口がいくつか並んでいます。そこでハンカチを濡らして汗を拭いました」
水道の件は、未だに冨田の報告を受けていない。閉会式のときにでも聞けばいい。だが酒木が言う場所にも水道があったのは、俺も大体記憶している。
「でも、まだ時間が余りますよね。綱引きは準備の時間も入れて、二十分近く行われました。十一時五十分ごろ準備開始、12時10分競技終了です。タオルを濡らす時点まで、どれくらい経ったでしょう」
美月の質問の通り、それだけでは時間が潰せていない。酒木はまだどこかへ行く余裕があったのだ。佐奈子の証言では、戻って来たのは結構ギリギリなのだ。
「酒木が用具テントに戻ったのは、生徒会の松原くんが深雪を探しに来る直前だ。つまり十二時十分の数分前だろう」
酒木は「あはは」と苦し紛れに笑うことしかできないようだった。
「容赦ないな、先輩たち。私がタオルを濡らし終わったときに見たスマホの時刻は、正午くらいでしたよ」
俺たちが完全に準備してやって来ていることを悟ったみたいだ。俺と美月は事前に情報をある程度共有している。訊くべきこともわかってる。




