三.白山にあへば光の失する(3) らいと
放課後、美月と二人で特別棟三階に向かう。階段を上がる最中、美月が、
「シュータさん。実は今日、重大なお知らせがあるのです」
と言った。笑顔だったので、どちらかと言うといいニュースらしかった。もし未来に帰ることになりました、なんていきなり告げられたらどうしようかと不安だった。
「実は未来との通信が改善してきたので、映像交信も可能になったんです。ですからお金問題もだいぶ解決できました」
「そりゃおめでとう。ってことはホテル住まいに戻るの?」
美月は首を振る。三階に到着。階段前の生物室へ。
「そう提案したのですけど、みよりんさんが駄目って。私としてもやはりあの方との生活は楽しいのでこのままでいいかなって思うんです」
美月は綺麗な笑みを浮かべる。ともかく美月に居場所が出来たのは良かったなと思った。だが、それだけじゃなくてミヨが寂しい思いをしなくて済むのも嬉しかった。あれ以来、やっぱりミヨの家族のことはどうしても気に掛かるからな。
部室の入り口に着いたところで俺がドアを開けてやる。美月はペコっとお辞儀をして入室した。
「こんちわ」
一番乗りだったらしいノエルが座ったまま片手を挙げて挨拶をした。あ、ちなみにノエルってのは綾部のニックネームだ。由来は知らない。美月がいつの間にかそう呼んでいた。
尋ねたところ、その前にミヨが「ノエル」と呼んでいたっぽい。ミヨには訊いてないから結局その由来はわからんが、呼びやすいしいいだろう。ミヨも適当に付けたに違いない。
「ノエルくん、こんにちは。みよりんさんは?」
「まだっすね。きっと、もうじき来ますよ」
四人でこうして集まるのは何回目になるのか。まあ五回くらいだろうか。俺も美月もノエルと同じテーブルにつく。黒板前のテーブルってのが、暗黙の定位置になったらしい。
「みよりんさんが来たら、オペレーターと通信して会話してみませんか? こちらとしても紹介しておきたいので」
ああ、美月の幼馴染みとかいう、いけ好かないヤツか。別に喋りたいとは思わんが敵情視察と思って面会くらいはしてやろうぞ。
「美月先輩以外の未来人と話せるなんて面白いすね。色々気になるかも」
ノエルがそう言いながら、チョコビスケットをつまむ。
「彼は、うーん。ちょっと……まあ仲良くしてくださいね」
何だそれ。美月にしては歯切れ悪いな。ノエルがビスケットをパリポリ噛んで、
「そう言えば、シュータ先輩久し振りっすね。ここ四日くらい来てなかったから」
そうだな。正確には三日だが。
「シュータさんだって忙しいですものね」
美月のフォローはありがたいが、そういうわけでもない。単に早く帰ってドラマやアニメの録画を消化して寝たかっただけだ。ノエルが三枚目のビスケットを口に運びつつ、
「来て欲しいっすけどね。面白いじゃないっすか、先輩方」
先輩に向かって面白いって。この部活はいつも何をしてるんだ。
「そうっすね。昨日は室温二十八度にエアコンは要るか要らないかの論争をしました。主に俺とみよりん先輩の間で。結論は、扇風機があれば大丈夫ってことで」
くだらんなあ。湿度や時間帯にもよるだろう。
「一昨日は確か、EPRパラドックスについて先輩二人から説明を受けました」
何だそのパッパラパードッグってのは。新しい犬種か。
「犬種に『ドック・犬』という語句が入るのは日本の犬くらいっすよ。違います。EPRパラドックスです。アインシュタイン、ポドルスキ、ローゼンの頭文字を取って付けられたものです。俺は本で読んだのですが理解できなくて、優秀な先輩方に教えを乞うたわけです。要は情報のテレポートに関する逆説です。今日では解消されたとされていますがね」
文系の人間にそんなコト聞かせるな。ノエルは美月にビスケットを一枚差し出す。大層なことだね。冨田の持論よりは遥かに社会のためになりそうだ。
「シュータさん、ぼーっとされてますよ」
隣に座る美月が俺の顔を覗いていた。
「人には向き不向きがあるからさ。ホットドッグより、俺はそのビスケットに興味がある」
「食べたかったんすね」
ノエルは笑って袋を差し出す。あと二枚しかないじゃんか。仕方なく一枚でいいやと俺が手を伸ばそうとしたとき。ドタン、バコンとドアが開けられた。あんまり丈夫そうなドアではないぞと忠告してやろうと思ったが、やめた。ミヨだったからな。




