二.深き心ざしを知らでは(22)らいと
「俺、SF研入ろうと思ってるんですよ」
夕暮れの住宅街で、隣を歩く綾部が吹っ切れた笑顔でそう言った。俺たちはミヨと美月が家に帰るのを見送るため、駅とは少し逸れた方角に歩いている。なんでも、部長宅を俺たちに教えておきたいらしい。学校から徒歩圏内だという話は聞いている。
前を歩く美月はミヨと女子トーク中らしい。俺は昨日と今日、美月から聞かされた未来と時間についてのトークを綾部に説明し終えたばかり。そこそこ要領よく話せたが、口が渇いた。
で、さっき聞かされたこいつの入部動向だが、正直どっちでもいいと思っている。良かったな、いい部活が見つかってよ。
「お前は元々やりたい部活が無かったのか。あんなテキトーな勧誘で良かったのかよ」
「空手は続けようか迷ってたんすけどね。第二候補はバドミントン」
まるきり違うじゃねえか。いや、いい。自分の気持ちに素直に従うのが一番だ。楽だと思う居場所がやっと見つかったと思うなら、手放さないでおくべきだろう。隠し事をしなくていい関係ってやっぱいいものなのかね。それはそうと、先刻からチラチラとミヨが俺の方を窺っているが何の兆候だ?
「美月先輩は未来人か。まだ信じられないな」
確かにな。未来人は皆あんなに可愛らしいのかな。
「確かに可愛らしいですが、あの方は案外難しい人です」
難しい人? 恋人にできないとか、できても繋ぎとめるのが大変とかそういう意味か? 綾部は言葉を選びつつ、ヘラヘラ面で答えた。
「シュータ先輩に、美月先輩は心を開いているでしょう。ですがそれ以外の、俺やみよりん先輩には、何と言いますか、一段階厚めにフィルターをかけているような雰囲気があります。こんな少しの時間、一緒にいるだけでわかるんすから、それなりに明白に」
「そうかな。美月は誰にも分け隔てなく優しいが」
綾部がふふっと笑う。ムカつくな。
「それが親しみと同時によそよそしさにもなるんです。悪く言ってるわけじゃないっすよ。性格上の美点は諸刃の剣になるということなんです。俺はこうして初対面の先輩ともペラペラ喋れますが、裏を返せば生意気な後輩ですし。まあでも、美月先輩を信用しきれないのはそれだけが原因じゃないっすけどね」
こいつ、信用できないとまで言いやがった。確かに生意気だな。
「怒らないでいただきたいな。俺も陰口っぽい空気になって後ろめたさもあるんですから。俺が言いたいのは、美月先輩が、超能力を持つ人間に対して与えている理論が気に食わないんです」
つまり、どういうことだ。
「難しい話じゃないですよ。美月先輩いわく、この時間軸に干渉したことで超能力が生まれたと言います。なぜかと言えば、バタフライ効果とも言うんでしたかね、いわゆるカオス理論で説明を付けていると。でもそれってあんまりにも雑じゃありません? 何でもアリじゃないっすか。この先、ユーレイやUFOが出て来ても、全て同じ理屈で説明できてしまう。というか、するつもりでしょう。持ち得る情報量において向こうが圧倒的に有利なのは明々白々なんです。もうちょっと警戒すべきと思いますけどね。いい方なのは確かですが」
俺はあの人を疑う気にはどうもなれないな。どうしても疑いたいなら、バックで美月をサポートしている科学者どもの方を疑え。美月はただの被験者。善良な一般人に違いない。
「うーん。カオス理論か」
そう言えば、今日のことは奇跡だった。綾部がいなければ解決できなかった。が、綾部の協力を乞うには、その前にミヨと会う必要があって、ミヨと会うには紙飛行機を教室から飛ばさなければならなかった。紙飛行機を飛ばそうと思ったのは、朝にミヨと会ったからで、朝にミヨと会ったのは美月を泊めたせいで眠れず、遅刻したからだ。美月を泊めたのは福岡の事故を防いだ喜びを共有できたから。福岡の事故を防ぐには冨田の自転車を借りなきゃ駄目で、冨田の自転車を使うアイデアが降って来たのは、美月と冨田の連絡先交換があったからだ。
おお。こう考えると、どんな因果も直結しているのかもしれない。




