二.深き心ざしを知らでは(21)らいと
「美月、今日の宿はどうすんだ?」
美月は苦笑を浮かべた。俺の家に泊めるのはもちろん吝かではないのだが、不眠症によって一カ月もしないうちに死にそうである。母の目もあることだし。
「宿って何よ」
どうやら聞こえていたらしく、ミヨが質問する。ああ、色々あってだな。まず、
「私、この時代に家が無くてですね、昨晩シュータさんの――」
「家に泊まったの⁉」
ミヨが絶叫する。あーあ。言っちゃダメだろ。美月は口を塞ぐ仕草をしているがどう考えても遅い。ミヨは美月の肩を掴んで細っこい身体を前後に揺する。
「え、え、ホント? もうシュータとアツアツな夜を過ごしちゃったワケ? 見かけによらずガンガン行くタイプなのねー、感心しちゃうわ」
「おい、放してやれ。わかってると思うが、俺と美月は潔白だぞ」
「そ、そ、そうです! 私とシュータさんは、何でもないんですから……」
なぜ尻すぼみになるのかとも、何でもないは言い過ぎだろうとも思ったが、俺はこれ以上余計なことは言わない。目の前のミヨは信じる様子も無く、ニヤニヤしてるだけだからな。言うだけ墓穴を深く掘ることになる。ミヨは、
「そういうときは、膝枕とかハグまではしたけどそれより先はしてません、っていう方が説得力あるのにー。ふふふ。美月、照れちゃって可愛い!」
「だって、事実は事実ですもん」
そんなトートロジーも虚しく、ほっぺを膨らます美月はミヨに散々愛撫されていた。
「それくらいでやめてやれよ。あの、美月。今日は悪いけど泊められないよ」
ミヨに抱き付かれたままの美月はしょげた雰囲気で頷いた。う、罪悪感が。
「いいですよ、元々無理を言っていたのはこちらですから」
「なら、うちに泊まったらいいじゃん」
ミヨの一言に救われた。ミヨは笑顔で美月に語りかける。
「私の家は私しか住んでないんだもん。たまーにママとパパが帰って来るけどね。だから美月を泊めるだけなら全然不可能じゃないわ。美月がシュータとのハネムーンを捨ててもいいって言うなら、うちに来なさい! 私も可愛い同居人が欲しいし」
それを聞いた美月は華を咲かせられるほど眩しい笑顔を見せた。
「ありがとうございます。本当によろしいのですか? なら、ぜひ、ホテルの宿泊費が送金されるまでは――」
「そんな水臭いことは言わないの! この時代にいる間はずっと、いいでしょ?」
美月は俺の方を一度見やってから承諾した。そういや、美月はいつまでこの時代にいることになってんだ? 訊いてなかったな。
「もし泊めてくださるならトイレットペーパーやティッシュ、シャンプーなどの消耗品は配送しましょう。物質をコピーして構成する技術はふんだんに使えますので」
もちろんミヨは喜んでいた。なんだ、美月を匿うとそういうオプションがあったのか。手放したのは惜しかったかな。
「ありがと。代わりに私は、美月に字も箸も家事全般も叩きこんであげる! シュータもその方がいいでしょ? 賛成してくれる?」
ミヨは俺の目を覗き込んだ。どの部分にこいつは同意を求めたのか。そりゃ家事スキルが美月に十全に備わったら、俺レベルの男が卒倒するくらいのパーフェクトガールが誕生すること間違いなしだ。とりあえず美味しいお味噌汁が作れるようになった段階で一報を入れておいてくれ。何かの折で美月にささっと出されたら心停止しかねない。
「さっきから何言ってんのよ。家庭的な子が好みなワケ?」
ミヨは訝るようなしかめ面。まあ、美月を頼んだぜ。
「うあ、しまった!」
ガサゴソッという物音。山中ならクマ出没の音だが、どうやら校門付近のツツジの茂みに人が突っ込んだ音らしかった。三人でそっちを見ると、茂みから出て来た者がいた。
「ども、お待たせしました」
綾部だった。瞬間移動で草むらの中に登場したらしい。頭に花びら載ってるぞ。
「いやあ、移動を他人に目撃されるわけにいかないので、こうして見えない場所に」
だからってツツジに突っ込まなくても。ごめんなさい、環境美化委員の方々。
「綾部くんも来たってことで、皆、帰りましょう!」
はいはい、元気だな。仕方なく先頭を歩くミヨの後を美月、俺と綾部という順で追った。




