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みらいひめ  作者: 日野
序章/竹取・石作篇 らいと版
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二.深き心ざしを知らでは(20)らいと

「はあーあー」

 夕暮れの校門付近でたむろする二年生の三人組。その一角、ミヨが盛大な溜息を吐いた。さっき生徒会室前で再会してからずっとこんな調子である。


「坂元は、今どこなんだ?」

 俺はそんなミヨを放っておくワケにもいかず、気に掛ける素振りは見せておく。


「電話したけど出なくてさ。多分おうちじゃないかな。今日は元々欠席してたのよ。お昼になって夢遊病にかかったみたいに学校に来て、事件を起こしたんだと思う。今は情報化能力を持ってないから、学校には来てないことになってるんじゃない? たぶん」


「ふうん」


 俺はそれから何を言ってやればいいかわからなくなって、黄昏れてしまった。「黄昏れる」とは夕陽を見てぼんやりするって意味ですよ。


「勉強になります……ところでみよりんさんは何が不満でいらっしゃるのでしょう?」


 こっちは美月との小声の会話である。美月はお行儀良くバックを肩に掛け直立していた。


「お友達が悪事を働いていたのがショックだったのでしょうか」


 ミヨの悲しみの理由、本当にわかってないんだ。わからないかもな。美月は優等生だし、劣等生だと感じる坂元の気持ちなんてさ。言い方がちょっと悪かったが、でも事実そうだろう。美月が付いて来ても、たぶん解決には役立たなかったはずだ。正反対の人間とまでは言えないが、立場は結構違う。


「誰かと比べることでヘコむことはよくあるんだ。競争の無い未来人には、わかんないか」


 美月は考えを巡らせるように視線を彷徨わせる。言うかどうか悩んでいるらしい。少ししてから、こちらを上目遣いで見て言った。


「その、これは言わないつもりだったんですけど、ありますよ。私にもそういうこと」

 そりゃあるにはあるよな。照れてる姿が可愛かった。あと夕方が似合うね。


「今日、シュータさんにノートを借りましたよね。私、自分の字が下手なのが恥ずかしかったんです。この時代に来て、仮名文字も漢字もアルファベットも初めて書きました。

 ですからシュータさんにノートを見せてもらったとき、シュータさんの字は私よりずっと上手で自分の字を見せるのは決まりが悪いと思ってしまって。あの場で写してしまえば良かったのですが、どうもできませんでした」


 一応言っておくが、俺の字は特別上手くない。冨田の字と並べたら顔真卿の書に見紛うかもしれないが、ミヨのホワイトボードに書かれた字と比べたらね、凡人だろう。


「あとはお箸も、人前で使うのは憚ってしまいます。素直に『慣れてない』と言えばいいのです。でも見栄が邪魔するのでしょう。ふふ、馬鹿みたいですね」


 俺は美月の食事を思い返す。昨日の昼はカレー。今日の昼はパン。箸を使うのはなるべく選んでなかったんだ。


「皆、あるんだよ。コンプレックスとか、そういうの」


 俺はそんな誤魔化しを言ったが、心中ではかなり反省していた。美月には劣等感なんてわかりっこない、なんてさっきまで思っていたのだからな。そんなハズなかった。皆、何にも考えないで生きているように見えて、実際悩んでいるらしい。それってあんまり表層には出て来ないものなんだろう。


 坂元は昨日の感じでは、ただの明るい盛り上げ役っぽい雰囲気だった。だが妹と比較されること、家族関係に苦しんでいた。ミヨも行動力のある変わり者でエネルギッシュなヤツという印象だったが、親と離れて暮らすイレギュラーな家庭環境を持っていた。


 実際に打ち明けられなきゃ理解できないこともあるもんだ。じゃあ、俺自身はどうなのかと訊かれると、ずいぶん暢気な性格のようで、としか答えられない。一番の悩みって何だろうな。美月は……あれだな。

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