二.深き心ざしを知らでは(11)らいと
「美月、早く周囲に情報分解へのブロックをかけて! 今ここで、すぐよ!」
ミヨが切羽詰まった様子でまくし立てる。美月は状況を理解できずうろたえる。
「できるでしょ! このままじゃ空間ごと解体と上書きをされるわ。とりあえずここら一帯を情報の干渉から防御できる手段はないわけ? 現実の私たちが消えるわよ」
何の劇を始めたんだ、こいつは。だが美月は焦っていた。ノリノリだな。
「それはどれくらい先の時間ですか?」
「あと五分も無い!」
「余裕です。完全な防御網を張るなら時間を要しますが、十秒くださいね」
美月はその場にしゃがんで目の前に移っているであろうデジタル画面を操作する。なんだか、ただならぬ事態が進行中ってことはマヌケな俺にも理解できるが。
「何の催しだ、これは。ショートコントかな」
「いい、シュータ。よーく聞いて。正直あんたがわかるように説明する自信が無いけど」
説明する側に自信が無いなら無理だろう。一応聞くには聞くけどさ。
「まず、私たちは何者かの襲撃をこれから受ける可能性が高い」
何者か、ねえ。ミヨにはその相手の姿が捉えられなかったのか。俺は廊下の壁に背を預けようとする。すると、
「シュータさん! なるべく動かないでください!」
美月にものすごい剣幕で叱られた。動くって言っても三歩だぞ。そんなにヤバいのかよ。仕方なく元の位置に直立する。
「ふふ。美月は今、防御を固めてくれてるから、あんま余計な動きは見せないでね」
ミヨは怒られた俺が面白かったらしく口角を上げていた。
「ねえ、美月。私たちにも見えやすいように防御範囲を可視化してくれない?」
美月が頷くと、青色のドームが俺たちを包んだ。美月を中心に据えた半径五メートルほどの半球もしくは球体。この内側なら安心圏内と。
「隕石でも降って来んのか? それともUFO襲来?」
「違うわよ。この球体は内側の人間の情報化と改ざんを妨げるのに必要なの」
ジョウホウカ。すまないが、情報化社会のジョウホウカだろうか。
「そのアホ面じゃ、何もわかってなさそうね。時間も無いんだけど簡潔にいくわよ」
「美月が言っていたことを思い出して。この世界の全ては二進数に置き換えられるの。どこに何があって、どういうエネルギーが働いているのかを情報として取り出すことでね。世界は数字の羅列で表せる。その数字からまた世界を再構成することも可能になる」
サッパリわからないんだが。それが今の状況とどう関係する?
「何者かがこの学校ごと情報化、それを改ざんしようと試みてる」
どうピンチなんだ? 情報化ってのは数字の羅列に書き起こすだけなんだろ。方法は知らんが。
「違うのよ。確かに情報化なら誰にも可能ね。『保健室が一階にある』『学校はつまらない』って言うのだって一応は情報だわ。でも私が危惧するのはその情報の改ざんによって現実が書き換えられることよ」
そいつを可能にする敵がこの学校に……。ミヨは髪をかき上げる。
「つまり、再現可能性があるかどうかが重要なの。もちろん虚偽の情報を伝えたら、聞いた人の脳内では誤った映像が再現される。だけど、よ。現実は変わらない。実際には無いものなんだから。じゃあもし改ざんする人がそれを現実に反映して世界を作り変えられるとしたら?」
世界を思い通りに改変可能。無いものをあるように、あるものを無いように。物理法則も好きに変えられる。ゼロから付け足しも可能ってことか?
「だが、そんなの神様の所業だ。そもそも世界、この学校だけ? を情報化して数字いじくって、それを再現なんかできたら誰でもやっている。人間には無理――」
そこで気付く。人間には無理。例外が生まれる。高度な機械の力を借りた、未来の科学技術。あとは人間離れの超能力。昨日から出会ってきたものたちだ。正直、そのどっちかなら何でもアリ。
本当に厄介な世界になっている。今までの未来の科学技術も特殊能力も無い世界に戻りたい。
「そ、私が考えてるのはね、あんたが想像しているであろうことよ。美月がこの時代に来たことで異常が確認されてる。私とシュータね。だけど本当にこの二人だけかしら? きっとまだ他にも超自然能力を持ってるやつらはいるんじゃない? だから――」




