二.深き心ざしを知らでは(9)らいと
ミヨの懇願に対し、一瞬考えるように視線を時計に向けた相園だったが、「いいですよ」と言った。ミヨは再度ステージの中央に立つと大声で、
「皆さん、ここで一人でも部員を獲得して帰りたいので今からスカウトします!」
何言い出すんだこいつ、と体育館に集う約五百名は疑問符を浮かべたことであろう。
「私は皆さんに向けてこの紙飛行機を飛ばします。これは私が試行錯誤を重ねた傑作です。超飛びます。で、これを運よくゲットした人は入部決定です! 明日入部届を持って行くのでサインしてもらいます。えい!」
ちょっと待てコラと全員が思ったときには紙飛行機はミヨの手によって放たれていた。俺の折ったものとは比較にならないほど高く舞い上がった機体はゆっくり旋回しながら上空を飛び続ける。名人の域だ。二階にいる俺は目線の高さで飛ぶそいつにえらく感激したもんだ。美月も呆然と見守っている。やがて旋回の半径は小さくなり、高度が落ちていく。そしてほぼ真ん中付近に座っていた一人の男子生徒の元に届けられたようだ。
「ナイスキャッチ! 君、名前は?」
ミヨがマイクパフォーマンスのようにマイクを向ける。もちろんマイクが中央の生徒の声を拾うことは無い。俺からすると背中しか見えないそいつは地声を張って答える。
「綾部拓海っす!」
「いい声してるじゃない! 明日迎えに行くわ。シー・ユー・アゲイン」
ミヨはそう言うと舞台上から去って行く。あの男子は今頃迷惑しているだろうよ。
「では、次の部に移ります。パソコン部さん、お願いします」と相園。
「あ、パソコン部です。えっと、部長が欠席で、一人ですが――」
ミヨの出番も終わったし、俺たちはその会場を後にした。
「どうよ! 私の雄姿は? 完璧だったでしょ」
満足げなミヨを出迎えたわけだが、そのミヨに率いられて俺は目的地を知らずに歩き出している。美月は尊敬に近い眼差しをミヨに向けていた。
「みよりんさんのスピーチは全出場者の中で一番でしたよ」
そうかな? そうだったかもな。もし紙飛行機を飛ばすという変態性を遺憾なく発揮することが無かったのなら。ところで、どこに向かってるかそろそろ教えてもらいたいね。
「決まってんじゃん。生徒会室よ」
よっぽど面倒事を抱え込んでいるヤツじゃない限り、生徒会室なんて行かないだろう。そして悪い予感ってものは別に未来が見えなくても当たるわけだな。
「頼もーう! 今日は味方を二人も連れて来たんだから、甘く見ないことね!」
生徒会室の木製ドアを蹴破らんばかりに突入したミヨを、美月は呆然と眺めていた。ミヨはいかにも臨戦態勢といった目付きで生徒会室をしげしげ見回している。そして俺の確認する範囲において、室内で呆気に取られていたのは男子生徒一人だった。
「あら、石島くんじゃないの」
ミヨは警戒レベルを最小値に引き下げると、その男子生徒のいる会議机の前に行った。俺と美月はワケがわからないがとりあえずミヨの背中に付いて行く。
「どうしたの、実代さん。いきなり決闘を申し込んでくるなんて」
その男子、石島は苦笑している。近くで見ているとやけにイケメンだとわかる。笑うと、くしゃりとつぶれる目やキリッとした眉は男前だ。体格も細身ではあるが、ガリガリではなく筋肉質の引き締まった身体をしている。生徒会に似合わんな。
「違うのよ、石島くん。私のこと生徒会が呼び出したでしょ? ああ、これSF研お取り潰しの催促だわと思って全面戦争のつもりで仲間を引っ張ってきたわけ」
仲間? 美月と「さあ何のことでしょうね」とアイコンタクトを取る。
「でも、石島くん相手なら話は別よ。あなたは話がわかる人だし、何より殴り合いじゃ、あんたに勝てる人はいないもん」
ミヨは最後の方を冗談っぽく言う。石島は苦笑して手を顔の前で振った。
「僕は女性に対して拳は振るわないよ、絶対ね」
いまいち状況がわからんな。ミヨが生徒会に呼び出されていて、行ってみたら知り合いの役員がいたってことかな。そこはすかさずミヨが教えてくれる。




