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みらいひめ  作者: 日野
序章/竹取・石作篇 らいと版
3/727

 一.黄金ある竹を見つくる(3)らいと

 と、意気込んだのはいいが、何も起きない。そのまま翌日になってしまった。竹本は相変わらず人気で朝から常に誰かと一緒にいるし、話し掛ける暇がない。


 ヤキモキしながらも平静を装う俺を冨田、片瀬、福岡は遠回しに馬鹿にしてきた。気にしない素振りをしているつもりなんだが、視線がどうしても竹本を追ってしまう。


 いつ見ても、どの角度からでも竹本は綺麗だった。完璧美少女。眩しすぎて住む世界が違う。声を掛けられないのも仕方ない。……愚痴が止まらんな。



 俺は昼休みのガヤガヤした食堂で、冨田にそう吐露していた。あのときの映像は、俺の恥ずかしい妄想だったのかもしれない、後付けの記憶だったのかもしれない、と。俺は味噌ラーメンをすすって、うなだれた。弁当を持ち込んでいる冨田は大笑いだ。


「だから言ったろ? お前みたいな受動態な生き方の怠け者なんて、どこの世界で需要があるんだ。特にあんなお姫様みたいな人を相手に」

「ない」

「正解」

 くそ、もういいんだ。俺は「面倒なことはしない」と誓った日から、高校でカノジョができることなど、とっくに諦めている。いいんだ、俺は。こうして騒がしい食堂で男二人、寂しく食事をとることも受け入れた……。


「ん」

「どうした?」


 俺は食堂の入り口を指差す。食券記に並ぶ長蛇の列に、竹本の姿があった。財布を握り締め、不安そうに列の先を窺っている。一人で食堂に来たのだろうか? どうしたんだろう。


「竹本ちゃんか! あー、そっか。食堂初めてなのかもな。食券の買い方わからないとか」

 竹本なら、綺麗な手作りお弁当をクラスの女子と囲んで食べるのかと思ったが、そうじゃないらしい。一人で食堂まで来て食べるのか。


「俺、助けに行って来る。席離れるなよ」




 俺はとりあえず竹本の元へ向かった。冨田は「ズリーぞ⁉」と声を上げる。無視! 竹本は食券機を前にして、睨めっこを始めた。俺は背中に声を――

「っ……」

 躊躇ってしまう。余計なことをして困惑させたら? もし嫌われたら、この先一年間どうしようか。いや、ここまで来られたんだ。引き返すのは惜しい。それに、竹本の不安そうな背中を放っておくことはできなかった。なぜだろう。すごく見覚えがあるのだ。助けたいと衝動的に思うのだ。


「竹本さん」

「えっ?」


 竹本が振り返る。ブロンドの髪がさらりと揺れる。目が合った。胸がぎゅっと詰まりそうになる。なんて美しさ。そして気が付いた。俺、存在すら覚えられていないんじゃねーか……。


「あ、えっと、同じクラスの相田だけど、」

「知ってますよ? 美月です。わたし、竹本美月です」

「あ、うん。知ってます」

 竹本はきょとんとした。認識されてた! ちょっと嬉しい。寿命がリアルに三時間くらい延びた気がする。


「買い方、教えようか」

「買い方はわかります」


 平然と言った。まじか、ただの早とちりじゃん。これじゃただナンパしに来ただけになってしまう。俺は「あ、そう。じゃあね」と退散しようとしたが、


「迷ってしまって。オススメありますか?」

「オススメ? 何がいいだろ。カツカレーは人気だよ」


 竹本が「はあ」と頷いた。女子にカツカレー勧めるのはナシか。ミスった?


「じゃあそれにします」

 竹本は笑顔でポチンとボタンを押した。機械は無言。


「いや、お金入れてからじゃないと出ないよ」

「あら恥ずかしい。難しい機械ですね」

 竹本が顔を赤くする。それもまた可愛い。難しくはないと思うけどな。海外に食券機って無いのだろうか。竹本はやっとカツカレーの券を手に入れた。


「これをどうやって食べるのでしょう」

 食券機を裏返したり、スワイプしている。これは天然なのか、お嬢様ジョークなのか?


「あっちに持って行って出すんだ。食堂のおばちゃんが代わりに頼んだものをくれるから。一緒に行こう」

「なるほどです」

 うむ、ジョークでなくどうも天然っぽい。どうしてこんなパッとしない町の、パッとしない私立高校にこんなお嬢様を入学させたのだろう。大きくって大雑把な大味カツカレーをお気に召すだろうか。不安になってきたぞ。俺は竹本を従えてカツカレーを無事受け取り、水もウォーターサーバーで注いであげた。ほら、これで準備完了だ。


「ありがとうございます。相田さん、親切ですね」

 し、親切か。どうなんだろ。久し振りの人助け。嬉しい気がしなくもない。


「気を付けて運んでね。人が多いからぶつかってこぼさないよう――」

「わっ」

 俺が注意した矢先、横を通り抜けた男子に背中を押され、竹本がプレートを前にこぼしそうになる。俺が支えて、ここはカッコよく守ってや――ダメだ。


「美月危ない!」


 ガッシャーン。俺の手からカレー皿がすり抜け、床にぶちまけた。竹本が青ざめる。周囲は静まり返った。

「う、ごめん。怪我してない? キャッチできなかった」

「いいんです。相田さんは悪くないです。私の不注意ですから。――って」


 竹本が目を見張る。近くで見るとブルーの澄んだ目をしている。


「今、美月っておっしゃいませんでした?」

 確かに咄嗟に「美月」って言ってしまった。つい、口なじみがあるというか、反射的に出て来てしまって。竹本は少し照れ臭そうにした。


「でも、大丈夫です。あの、相田さん、大丈夫です」

「大丈夫なら、良かった」


「あ、ああ、あの! もう、大丈夫、ですよ……」

 俺はいつの間にか竹本の肩を掴み、彼女と見つめ合っていた。周りからも注目を浴びている。ご、ごめん。心配でつい。俺はすぐに離れた。


「か、片付けしないと」

「あ、そうです。お片付けしないと駄目でした」


 そう言って竹本は静かに目を閉じた。何してんの? まずは拭かないか? 俺は布巾を掴んで屈んだ。その瞬間、瞬き程度の暗闇が視界に訪れる。そして、

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