二.深き心ざしを知らでは(4)らいと
俺はホールドアップして時間を「遡った」。竹本により機体はあえなく解体という運びになった。その間、俺はガラス越しに外を眺めた。アララギはまだいない。
「先ほどの女性を捜しているのですか?」
そうなのだ。もし何かに気付いているなら再び俺と目が合うはず。
「たぶん、アララギってやつなんだよ。いないかな?」
「ずっといるわよ!」
「きゃあ!」「っ!」
背後から大声がしたと思ったら、教壇の上に体操服の女子がいた。髪をポニテにしているけれど、間違いなくアララギミヨだ。鼻血は止まったんだな。竹本は絶叫して飛び上がり、俺に至っては驚きで声も出なかった。
アララギはずんずんこちらへ歩み寄って来る。俺のタイを掴み、竹本と俺を交互に見て、
「昨日からずーっと時間の感覚がおかしいなって思ってた。それはアンタたちのせいね」
おいおい、やめようぜ。クラスメイトに見られてる。
「いいえ、やめないわ。どうなの?」
俺は怯えきった竹本を一瞥してからやむなしと思い、小さく頷いた。
「今日の昼休み、関係者だけで生物室に来なさい。以上よ!」
そう言い残し、すたすたと歩き去る。テレポートかと思ったが五分ほど時計の針が戻ったのだから、あいつはまだここら辺にいたのだ。竹本を見ると、急な大声とご本人登場に心臓をバクバクさせたままだった。
「……一体どういった状況でしょうか」
わからん。とりあえず竹本にノートを持たせて自席に帰らせた。
「だからさ、俺わかっちゃったんだよ。相手がどういう人か知りたいならこれを訊けっていう質問は『料理するの?』一択ってことにな。なぜなら――」
冨田は真面目くさったように言う。あらかじめ断っておくが、真面目に聞く必要は無い。竹本が帰りの支度をする間の繋ぎだ。俺は自分の机に頬杖をついて聞き流している。
「お待たせしました」
おお、竹本おかえり。準備できたか。ちょうどこの似非評論家の弁論に飽きてきたころだったんだ。こいつはモテないことに対する自己弁護のための講義をいつも半強制的に聞かせてくるから困っている。
「このあと二人で用事なのか?」
冨田は俺を睨みつける。俺と竹本は並々ならぬ仲で、アララギに会いに行くのだ。
「そう言えば、今日みよりんとも話してたって岡ちゃんから聞いたぞ。お前はどうして美人とばかりつるんでやがる! 去年から何にも変わってねえ」
怒ってるなぁ。「みよりん」とはアララギのことだろう。あいつもモテるのか。
「アララギとは今日初めて話したよ」
「嘘丸出しだ。百歩譲ってそれはいいとして、竹本ちゃんとの関係を説明しろ」
「竹本さんが部活動紹介を見たいって言うから連れて行くんだよ。一年生歓迎会の中でやるだろ? あれの案内役をおおせつかった」
冨田が、その役はなぜお前なんだとでも言いたげな苦い顔を作る。
「ま、わりいな。お前は一人で帰ってくれ」
「真っ直ぐ帰るよ。スマホの充電切れちまった。人生って理不尽なくらい不条理だよな」
呆然とする冨田の視線を受けながら教室を出た。竹本を付き従えて。
今は昼休みの時間。しかし、午後は一年生の歓迎会のため、部活のある生徒は部活に、無い生徒は帰宅ということになっていた。俺と竹本はアララギに呼ばれなかったらすんなり――竹本は帰る家が無いのでこの表現に該当しないが――おうちに帰れたのだ。
まあしかし、アララギの件を放っておくわけにいかない。あいつは時間の異常を察知していた。つまり俺と同じか、また別の能力、あるいは技術を所有している可能性が高いのだ。確かめずにはおれない。その前に昼食として、購買でパン買おう。




