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みらいひめ  作者: 日野
序章/竹取・石作篇 らいと版
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二.深き心ざしを知らでは(3)らいと

「ん? 授業で書き漏らしがあったら、時間を『遡れ』ば良くない? それは違うの?」

 俺が思い付いたことをぶつけると竹本はニコニコ笑った。


「面白いこと言いますね。してもいいんですけど、時間を進めることはできないのでもう一度授業を受けることになってしまうんです。それは疲れちゃうし――」


 竹本は眉を下げて言う。困った顔も可愛い。


「相田さんもまた授業を受けることになりますよ」

 くすくす笑った。ああ、そう言えば、俺は時間が「遡って」も記憶が残るんだった。


「でも、時間はいつでも『遡れる』んだろ?」

「ええ。また実験しますか?」


 一晩明けて、また試したくなった。昨日のが全部夢というオチだってあり得たのだ。今、竹本とこういう話をしている時点で裏は取れているのだがな。


「何です、それ?」

 竹本は俺の手元を見る。俺はB5のルーズリーフを破って正方形を作り、角と角を合わせて折り畳んでいく。

「紙飛行機。知ってる?」


 竹本に見せると「飛行機ですか?」とびっくりした。まさか搭乗するとでも勘違いしたのだろうか。俺は教室の窓からそいつを放り投げた。竹本の能力で戻してもらおうという魂胆だ。


 飛行機はゆらゆらと校庭に向けて飛び出して行く。順調なフライトかと思ったが、春の穏やかな風に当たり負け、急降下。俺も竹本も嘆息を漏らして行き先を追うと、着地先に一人の女子生徒がいた。体操着を着たその人に、俺はたぶん見覚えがあった。その人はこちらにふと気付いて見上げた。飛行機はその子の手前五メートルに落下。


「飛んだ、というより重力に従って落ちましたね。手元に戻しますよ」

 竹本は俺の方を見る。――瞬き。


 俺の手には紙飛行機があった。俺は窓から下を覗く。さっきの人物が気に掛かった。髪を後ろで結っていたから確信は無いが、恐らくあれはアララギだった。たぶん体育の授業で校庭に出て行くところだったのだろう。見てみると、やはりいた。


「どうかされました?」

「おかしい。あの子、さっきは歩いてたのに、今はこっちを見ているな」


 明らかにこちらに首を持ち上げている。睨んでいるような気さえした。俺は紙飛行機を飛ばす。アララギと思しき人物は窓枠から飛行機が出たと見るや否や、それを追って走り出す。今回は風に煽られて左に切れて行ったが、アララギは両手で受け止めた。


「あの方、ずっと目で追ってましたね。だから追い付きました」


「何で俺が紙飛行機を投げるって知ってたように動けるんだ……?」


 竹本は一瞬はっとしたようだが、すぐに困ったような笑みを作った。


「偶然でしょう。遊びじゃないんですから何度も投げないでください。もうおしまいですよ」

 小学校の先生みたいな叱り方をする。怒られている気が全くしない。――瞬き。


「駄目です……わかりませんか? 駄目です」

 時間がリセットされて早々、紙飛行機をぶん投げようとした俺の腕を竹本は掴む。そして微妙に圧の籠った笑顔を俺に向けている。……怒られている気がする。


「ごめん。ただ、下から見てたあの子が引っ掛かってさ」

 俺は苦笑しながら飛行機を手放して外を見ると、竹本も同じようにした。


「確かに。もう既にこちらを注視しています」

 アララギ、と俺は断定するが、そいつは俺たちを見上げている。俺がまた飛行機を飛ばしてやろうと机を見ると、それは無かった。


「相田さん。もう時間の操作はしませんから。投げさせませんよ」

 竹本の手に飛行機はジャックされていた。次いで竹本は窓を閉じ、鍵を閉めてしまう。


「わかった、わかった。もうしない——あっ、時間」

 俺が時計を指差すと竹本はそっちを見る。しめた、と機体を掠め取ろうとしたが、失敗した。ぷい、とかわされる。


「私の視界には常にデジタル時計が表示されていますので」

 ああ、くそ、そうだった。竹本は余裕たっぷりに笑う。じゃあ奥の手。


「何を言ってもこれは放しません。確かめるためとか言うのでしょう? 駄目です」


「ずっと思ってたけど、竹本さんってすごく可愛いよね」

「え? かわ……」


 みるみるうちに赤くなって固まる。じゃあ失敬。紙飛行機を取って隣の窓から投げた。


「こら、相田さん! 人をからかって。絶対、絶対許しません!」


 あらら。竹本はご立腹で俺の肩を揺する。だが、怒っても可愛らしいね。このいじらしさ、いたずらし甲斐がある。で、観察対象のアララギはどうかと言うと、微動だにせずにやはりこちらを見上げている。そして目の前に落ちて来た一枚の紙飛行機をぐしゃりと握り潰した。あれ? お前も怒ってる?


「あ、あの。竹本さん。次は絶対やらないって誓うから、五分『遡り』たい」

 竹本は三秒ほどほっぺを膨らませて無言の抵抗をしていたが――瞬き。

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