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みらいひめ  作者: 日野
序章/竹取・石作篇 らいと版
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二.深き心ざしを知らでは(2)らいと

「まあ、私も謝るわ。最近おかしなこと続きで注意力が散漫になっているのよ。ごめんなさい――って聞いてる? 何よその表情。じろじろ見て。私の顔に虫でも付いてる?」


「おい、鼻血出てるぞ」

「へ?」


 その子の鼻から一筋の赤い線が垂れていた。もしかして俺がぶつかったからか。俺はポケットからティッシュを取り出す。その子は鏡を見て――怒っていた。


「どうしてこんなときに鼻血なんか出るの! 人生で初めて出た。最悪。しかも他人様の前で。どうしよう!」


「ほら、これ使って」

 俺がポケットティッシュを袋ごと手渡すと、その子は遠慮なく何枚も使って止血した。結局左の鼻にティッシュを詰めていた。なんかすまんな。


「ありがと。助かった」

 鼻声で言う。あんまり助かった人の鼻に見えない。俺は投げ出されていた紙飛行機を拾い上げて手渡す。この機体は無事らしい。


「ん、ありがと。昨日一生懸命折ったの」

「いいフォルムだ。無駄が無い、シンプルな形」


 俺が適当に感想を述べるとその子は笑顔を浮かべた。これを飛ばさず、鼻血の栓を詰めていなかったら竹本に負けない、可愛さポテンシャルがあると思った。


「ねえ、アンタ。名前訊いてもいい?」

 「アンタ」と呼ばれるくらいなら。


「相田周太郎、二年六組」

「シュータロー? 呼びにくいわね。改名したら教えて」


 あら、そう。ガッカリだ。君は?


蘭実代あららぎ みよ。二年一組」


 聞いたことがある。昨日、冨田が教えてくれた美人かつ変人。こいつが「アララギみよりん」というやつと同一人物? 俺が記憶を探っている間、なぜかその子はじっと目を瞑っていた。何か手違いがあってキスする場面に切り替わっていたのか。と思っていたら急に目を開いて俺の頬を両手で挟んだ。


「え、う、嘘よね。そんなワケ無い、そんな……でも見えた。いやいや、この人が私の将来――? んん、違う、わよね。あれ、だけど」

 一人で勝手に混乱している。大丈夫か? こいつ。今は顔を桜のような色に染めて俺を丹念に眺めていた。と思ったら目を背ける。


「わ、ごめん。とにかく不束者ですけど、これからもよろしくお願い致します」

 いきなり敬語。顔を打って駄目になったのかもしれない。


「まあ、学校に戻ろう。完璧に遅刻だ」

 時計によると五分遅刻。結局こんなけったいな騒動に巻き込まれたおかげで遅刻だ。しかしアララギは俺の手を力強く握った。


「大丈夫。オール・ライトよ。私に策がある」


 アララギは自信満々に言い切った。正門に立つ教師に対し、アララギは「相田さんが怪我をした私を介抱してくれたために遅刻しました」と言い切って乗り切ったのだった。俺が怪我したアララギを助けたのは事実ではある。何で鼻血を出す事件が起きたのかは上手く誤魔化していた。それで無事遅刻を免れることができたようだった。意外と弁が立つ人間なのだなと思った。教室が別なので別れるとき、


「また会いましょう」


 とアララギは言って、腰まで伸ばした艶やかな黒髪を翻し、ニコリと笑う。俺は「はいはい」と返事しておいたが、ああいう面倒くさいトラブルメーカーには金輪際関わらないようにしようと心に固く決めた。


 出逢い方として「激突」はベター過ぎて、俺はアララギがさして重要人物とは思わなかった。



 一時間目と二時間目の間の休み時間、竹本が俺の席に来た。金色の髪が日光を受けて輝き、さらさらと揺れている。


「相田さん、間に合ったんですね」

 教室に入ったときも、竹本が一番驚いていた。実際はアララギに足止めされて間に合ってないのだが、校門をくぐってホームルームに出席できたから間に合ったも同然だ。


「私、頑張って起こそうとしたんですけど……」

 そりゃ本当に悪かったと思っている。何より俺自身が一番がっかりだ。


「あ、そうだ。相田さん、さっきの授業のノートを見せてくださいませんか? 書き漏らしてしまったようで」

 竹本は照れながら言う。右手にはシャーペンを持ち、胸にはB5のノートを抱えていた。


「もちろん貸すよ。どこが見たい?」

 竹本は俺の広げたページをじっと眺めて、ちょっとだけ悲しむような? 表情を浮かべた。俺も書き漏らしていただろうか。


「あの、これ一日借りてもいいですか? 明日には絶対返します」

 今日は一回目の授業だし、そんなに量は書いてないんだけど竹本は日本語を書き慣れていないようだからな。俺はノートを畳んで手渡す。


「ありがとうございます。恩に着ます」

 自動翻訳のせいだろうか。大仰な日本語を使う。そもそも翻訳のせいで敬語になってしまっているなら可哀想だ。実は「サンキュ、倍にして返すぜ」みたいなニュアンスで話している可能性も充分ある――無いだろ。

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