十四.かぎりなき思ひに焼けぬ皮衣(7)
——ガチャ。
「ミヨ?」
「アイくん?」
扉が開いて、ミヨだと思って振り向いたら相園と目が合った。相園がどうして来たんだ? 相園が黒幕で、俺が一人でいるのを見計らってトドメを刺しに来た、なんてはずは無いよな。無いよな。
「お見舞いに来たよ」
俺は相手がいくら相園だといっても身構えた。
「たまたま倒れた生徒がいるって聞いて、それがアイくんだってわかったの。だから時間を見つけてすぐ来たんだけど、体調悪いのかしら?」
相園はさっきまで美月が座っていた丸椅子に座った。
「温かい。誰かお見舞いに来てたんだ」
相園は椅子を触ってニコリと笑った。手には緑茶のペットボトルが握られている。
「これ、差し入れ。いつでも飲んで」
「あ、ありがとう。嬉しい」
俺は枕の上の台に置いておいた。
「深雪、さっきまで仕事してたの?」
「うん。あちこちの店を回って最終チェックしてたんだ。ハサミとかカッターとか水溜まりを放置してると危ないでしょ。だから、開業前に生徒会が確認しないといけなかったんだ。もう朝から汗だく」
相園は苦笑した。去年もこいつは生真面目に仕事していた記憶がある。
「わざわざお見舞いに来てくれたんだ」
「午前中はね、比較的ヒマだったの。だから元々誘いたいと思ってたんだ」
「はは、そうなんだ。俺は10時からクラスで仕事だったよ」
「へえ。それはそれで見に行きたかったかも」
相園は笑った。特に危害を加える様子は無い。
「深雪のクラスは何やってるの?」
「私たちは、謎解き脱出ゲーム。アイくんにも来て欲しかったけど無理は言えないからね」
「そっか。深雪が担当してる時間があるなら行きたいな」
「えっ……今日は生徒会の仕事ばかりなんだけど。んー、13時くらいならちょっと入れるかなって思う」
「それって、深雪の昼休憩の時間じゃないのか? 悪いよ」
「そうだけど、アイくんには、来て欲しい」
「じゃあ一人で行けるときに行く」
「違うよ。アイくんに会いたいの」
相園は冗談っぽく言った。元々堅物だったくせに、こんなこと言うようになったのか。
「アイくんだって私に会いたいでしょう?」
「はあ?」
「君は私みたいな一人でも頑張ってる可愛い女の子が好きじゃん」
——うっ!
「あはは。イジワルしすぎた。許して」
面白そうに笑う相園を見て、俺は汗をかいた。
「マジで去年のこと覚えてんのかよ。あれはそういうジョークだろ。もう忘れろって」
「忘れられません。他にああいう風に言う人いないし。ぶきっちょ」
——ガチャ。
「えっ」
「シュータ、美月。いくら保健室とは言ってもラブラブ、チョメチョメしちゃ駄目よ。そういうことしてると突然来客があってバレるのがセオリーなんだから——えっ」
上機嫌のまま制服姿で入って来たのはミヨだった。ミヨは俺と美月が話していたと思ったらしい。ミヨと相園は目を合わせて硬直している。
「わ、私、仕事に戻らないと!」
相園は大慌てで席を立ってミヨと扉の間をすり抜けた。
「ちょっと、深雪ちゃん⁉」
「ごめんなさい! 潔白です!」
相園はさらに場を混乱させる科白を吐いて出て行ってしまった。ミヨは困惑しながら俺の近くに来る。
「シュータ、深雪ちゃんと何してたのよ。まさかとは思うけど」
「そういうことは断じてしてない。ただ、相園はお見舞いに来てくれて——」
「どうして深雪ちゃんがお見舞いに来るのよ‼」
ですよねー。ほら、相園は生徒会だから生徒全員の健康に気を配ってるんだ。
「嘘吐き。証拠は充分に集まったわよ。アンタ、深雪ちゃんと深い関係ね?」
「絶対違う! ちゃんと説明してやるから座れって」
俺はミヨを座らせて去年の忌々しい記憶のダイジェストを話した。こんな感じ。
「俺と相園が文化祭実行委員会で出会ったことは言ったよな? で、その実行委員会が実は機能不全だったんだ。四月から月イチで会議をしてたんだが、面倒な作業が多くて次々に生徒が辞めていって、七月の時点で残ったのが俺と相園の二人だけだった。だから二人で奔走して、去年の文化祭を成功させたんだ。去年の文化祭は知ってるだろ?」
ミヨは疑心暗鬼の目で頷いた。
「何とか上手くいったから、俺と相園は普通よりは仲のいい友達になった。でも、後夜祭で俺が相園を傷付けるようなことを言って、それでぎこちない関係になってたんだよ。もし態度が不自然だと思うなら、そのぎこちなさが原因だ。決して他の要因ではない」
「傷付けるようなことって何よ」
「え……。お前は知らないか? 去年の後夜祭に出ていたら覚えてるはずだ」
星陽高校文化祭では、文化祭終了後の片付けが終わると後夜祭が待っている。午後6時から、グラウンドか体育館のステージで色々な催し物をするのだ。去年は体育館でやったが、今年はグラウンドらしいな。
「全然覚えてないわ。なんで後夜祭に出てたら、シュータの傷付けるような発言を覚えてるのよ」
「あ、本当に知らないのか。じゃあ知らなくていい。あれは事故なんだが、有名な事件になってしまったんだ」
ミヨが覚えていないのは好都合だ。結構大々的にやらかしたから、覚えていてもおかしくないんだが。




