十四.かぎりなき思ひに焼けぬ皮衣(4)
「さっきの原因はなんだったのでしょう?」
美月は俺に訊いた。何にも知識が無い俺に訊く?
「ルリが見たときは意識が怪しかったので、発作か何かじゃないでしょうか」
ルリも心当たりは無いみたいだった。
「いや、ルリ。アンタが一番の容疑者よ。だって、ルリの持っている催眠術を使えば、シュータを操って下に落とすなんてことも可能でしょ?」
ミヨが人差し指でルリを差す。ルリは頬を膨らませてそっぽを向いた。
「理論上は可能だけど違います! ルリちゃんはみよりんの悲鳴を聞いて駆け付けて、シュータくんに暗示をかけて落ちないようにしてから、ノエルくんを呼んで、毛布を生成して安全クッションを作ったんです! MVPならまだしも、犯人にされる謂れはありませーん!」
拗ねてしまった。ルリは断固として自認しないが、皆はどう思う?
「催眠を使ってシュータさんを落とそうとしたなら、催眠薬の残滓がまだあるはずですが、ルリさんはシュータさんの転落を止めるときにも催眠術を使ってしまったですものね。上手く証拠を隠滅しています」
美月が俺を心配そうに見た。俺はひとまず大丈夫だから心配しないで。
「ちょっと! ルリはシュータくんを殺す動機がありません。ルリたちは美月の敵ではあっても、シュータくんたちを敵だと認識してないですから。超能力者の人たちは、機会があれば取り込みたい緩衝材として考えています。さらに、ルリの暗示は少ししか持続効果はありません。昨日の午後からずっと、ルリはシュータくんと会っていませんからね」
俺の記憶でも、ルリと最後に会ったのは昨日だ。ルリに催眠をかけられたような気もしない。
「ルリさんが疑わしいのは山々です。先輩をあんな特殊な方法で殺そうとする人物は、俺には他に思い浮かばないですし」
ノエルもルリが怪しいと思うようだ。
「消去法でルリなんてヒドいよ! そーゆーのは魔女狩りって言うのです!」
ルリは助けてくれた恩義もあるっちゃあるんだが、な。
「ともかく、シュータを守るため、ルリには接近禁止命令を下すわ! これじゃ何回時間を『遡って』も埒が明かない気がするもの!」
ミヨはストーカーに対する裁判所命令のようなことを大声で宣告した。ルリは不満そうに「不服ですー」と抗議している。
「あ」
——ん? 声が出ない。この感覚はさっきと同じだ。
「み」
美月、助けてくれ。声が出なくて、苦しい。
「シュータさん⁉」
俺は首が絞まるような感覚がして俺は仰向けに倒れた。気道を空気が通過しない。首が何かに締め上げられている感じだ。
「大丈夫ですか、しっかりしてください!」
美月は俺の肩を揺する。マズいって。息ができない。首にアナコンダでも巻き付いたのだろうか。腹で思い切り呼吸をしようとするが、空気は微々たる量しか入って来ない。何が起きているんだ? 俺は身体を動かして酸素を取り込もうと苦闘する。
「駄目です! 酸素のレベルが低下しています。呼吸ができていません」
美月は俺の顔を覗いて言った。視界が霞んで暗くなっていく。
「シュータ、さっきみたいに黒目が濁ってる! しっかりして」
ミヨも俺を回復させようと必死になっているらしかった。
「シュータくんは喉を押さえて苦しがっています! 気道を確保してください!」
ルリの切羽詰まった声も聞こえる。
「シュータ先輩、手をどけて!」
ノエルの声も聞こえた。ノエルは首元を押さえていた俺の手を離した。それから素早くネクタイを外し、シャツの襟を広げてくれた。
「っは、っはあ、っは!」
息ができた。何だったんだ、今の感覚。窒息しかけた。
「大丈夫ですか、シュータさん?」
美月は俺の肩を支えた。
「う、うん。平気だ。——痛っつ」
頭痛がした。ズキズキくる。俺は上半身を起そうとしたが、美月に寝かされた。
「どうしたの? シュータに異常があるんじゃないの、ねえ?」
ミヨは不安そうに俺の冷や汗を拭う。
「この頭痛はシュータさんの脳の血管が伸縮しているためで、大して問題ではありません。問題なのは呼吸困難の原因です。私にはさっぱり……」
「ルリにも不明です。シュータくんの体に何らかの力が加わった形跡は無いのにシュータくんは苦しんでいましたし、実際にバイタルデータも下がっていました」
それが本当なら、未来の科学でも明らかにできない何かにやられたってことになるのか。阿保らしい。
「それ、アンタたち未来人が何か隠しているんじゃないでしょうね! 私たちは馬鹿だからわからないと思って!」
ミヨは、わからないと匙を投げる美月やルリを責めた。
「おい、ミヨ。今はそんなこと言っても意味ないって。今はちょっと気だるいから、時間を『遡って』、元の健康体に戻りたい」
ミヨは渋々頷いた。美月が「それでは」と言って、——瞬き。




