十四.かぎりなき思ひに焼けぬ皮衣(3)
俺は屋上でミヨの隣にいた。背もたれに寄り掛かっている。
「あ、ミヨ。時間が『遡った』のか」
「シュータ! 大丈夫?」
ミヨは俺の肩を掴んで屋上の中央付近まで押しやった。ミヨは涙を流している。
「なんでお前泣いてるの?」
「誰だって泣くわよ! シュータが死んじゃったかもしれないって思ったら」
「案外可愛いんだな、ミヨって」
「ふざけんな! アナタは無事なのね?」
だるさみたいなものは存在するが、どうやら無事みたいだ。時間が「遡った」ことで傷はリセットされたのかもしれない。
「それなら良かったわ。これ以上心配させるようなことがあったら殺すからね!」
結局、殺すんかい。涙は拭いとけよ。ハンカチ貸そうか? そのとき瞬間移動でヒュンとノエル、ルリが登場した。
「ルリも一緒なのか?」
「ええ。近くにいると思ったので拾って来ました。平気ですか?」
「ああ。今は一応」
「ルリのお薬が効いたのかなー?」
ルリもしれっと付いて来ているが、お前はどうしてここにいるんだ?
「ルリは今日も文化祭を楽しもうと思って、潜入していましから」
「怪しいっすね。とても」
ノエルが疑いの目を向ける。当然、ミヨも俺も疑ってる。
「そんなー。私はシュータくんを助けたじゃないですか。ノエルくんも呼んで、毛布も作ってあげたし」
それを言われるとな。確かに助けてくれたが、カモフラージュの可能性もある。
「アンタは前科があるじゃない。八月に入れ替えたときも自作自演だったもの!」
ミヨの言う通り。コイツは何を企んでいるかわからない。いつも事件に関わってくるし。
「ヒドーい。ルリが助けたおかげなのに!」
「そもそも美月先輩とシュータ先輩が喧嘩したのもルリさんが原因ですし」
ノエルも畳み掛けた。俺も何か言おうとしたが、バンというドアの音で遮られた。屋上に繋がっているドアには、肩で息をして汗を流す美少女がいる。美月だった。
「シュータさん、ご無事で」
美月は俺の姿を見つけると、一目散に走って来た。俺の胸元に飛び込む。俺は驚きながら受け止めた。
「ごめんなさい、シュータさん。私がしっかりしていなかったばっかりに」
美月は俺を痛いくらいにぎゅっと抱き締めた。
「美月の責任じゃないよ」
「いいえ。私がつまらないことで意地を張って傍にいてあげられなかったのが悪いんです。私が近くにいれば、もっと手が打てたのに」
「違うよ。まったく頑固だな。昨日のことは俺も謝る。悪いことしたなと思った。もうしないよう気を付ける。ごめんな」
まさかこんな形で仲直りするとは思っていなかった。俺は苦笑する。
「あれー? 二人とも大喧嘩したんじゃないんですか?」
ルリがニヤニヤしいている。元はと言えば、お前も悪いんだぞ。でも、代わりのネクタイありがとうな。
「シュータさん、今は何ともないんですか?」
「ちょっと体調が悪いけど、たぶん大丈夫」
「そーですよ。ルリちゃんのおクスリが効いていますので」
ルリがふくよかな胸を張った。美月は、俺の胸から顔を離してルリの方を向く。
「ルリさん、何かしたんですか? シュータさんに」
「だって、意識がハッキリしなかったですから。治療しましたよ」
「な、何を投与したんですか!」
美月は青ざめた様子で尋ねる。ルリは、けろっとしている。
「意識をはっきりさせるための薬です。RCmk66のβ型です」
ルリは襟から手を入れ、胸元を手探りする。そして袋を取り出す。
「ほら、これがその薬です!」
ピンクの錠剤が出て来た。ルリは自慢げに見せるが、俺が飲んだのはカプセルだぞ。
「あっ、間違えました。これはそっち系のお薬でした。本物はこっち」
ルリはさっき俺が飲んだ青と白のカプセルを見せる。美月はその袋を手に取った。
「確かに、これなら数日後に体外へ排出されるでしょう。安全です。一応、一粒持ち帰って解析させてもらいますが」
美月はカプセルを一つ取り出して自分のポケットにしまった。残りはルリに返す。
「シュータさん、検査させてもらってもいいですか? 私の眼を見てください」
美月は目をしっかり合わせてきた。綺麗なマリンブルーの瞳。間近で見ると魅入られてしまう。
「ちょっと、目を逸らさないでください」
そう言われても。俺はじっと美月を見つめ返した。
「何も異常はなさそうですね。それで、先ほどシュータさんが落ちた時間はもう過ぎましたか?」
「ええ。数分前じゃないかしら?」
ミヨは腕時計を見て言った。もう確実にさっきの時間は過ぎたはずだ。つまり時代の「主軸」ではないのだろうか。




