十四.かぎりなき思ひに焼けぬ皮衣(2)
「シュータ、離れて!」
ミヨは俺を突き飛ばした。屋上の床に尻もちをつく。
「痛って。いきなりはヒドいだろ」
「違うの。シュータがこの後すぐ屋上から転落する未来が見えたの」
そんな物騒な未来が見えたのか。ミヨはいつもしょうもない予言を教えてくる(教えられてしまうと回避できるので、実際に大きなトラブルが起きることは少ない。逆に良い未来の場合は「改変」しないように口外することは無い)。
「…………あれ?」
俺は立ち上がっていた。そしてミヨの方に突き進んで行く。
「シュータ来ちゃダメ。下がってて」
「あ」
声が出ない。足も止まらない。どんどん屋上のフェンスに向かって行く。
「話聞いてよ、シュータ! 来ちゃいけないの!」
ミヨは俺を押し返そうとする。でも俺はミヨを手で制してフェンスに手をかけた。
「まさか、『主軸』じゃないでしょうね。そんなの矛盾しまくりだわ。シュータがここで死ぬなんてあり得ない!」
だが、俺は逆らいがたい力に促されて、まるで操り人形のように体を支配されている。このままじゃフェンスを自力で乗り越えて、本棟と特別棟の間の地面まで真っ逆さまだ。
「ねえ、イヤよ。美月に『遡って』もらうことはできるけど、だからといってここで見捨てるワケにいかないのよ!」
ミヨは精一杯俺の背中にしがみ付いた。俺は既に上半身を乗り出している。
「誰か、誰か助けて!」
ミヨが思い切り叫ぶ。校舎の外を歩いていた生徒たちが全員こちらを振り向く。そしてざわざわし始めた。自殺未遂の生徒を発見すりゃ、誰でもそうなる。
「も、もう駄目よ」
俺は右足が浮くのを確認した。屋上の床と接地しているのは左足のつま先だけ。ミヨは俺の胴体を持って健気に引っ張っている。しかし、このままではミヨまで一緒に落ちてしまいそうだ。
とうとう俺の左足も宙ぶらりんになった。体が平行になってゆく。俺は覚悟をして目を閉じた。大丈夫。一度死んだって、美月が時間を「遡って」助けてくれる。だから、一度くらい死んでも、なんてことは——そのとき、
「シュータくん。こっち見て!」
地面から声が聞こえた。目を向けると、そこには私服のルリがいた。
「そこから落ちないで!」
ルリが叫ぶ。俺はしっかりとルリの瞳を見つめ返した。ルリの催眠術。相手の目を見て命令することで、催眠作用のある薬を投与できる科学技術だ。
「あっ」
体が硬直した。その隙にミヨが屋上側に引っ張り込む。俺は屋上に倒れ込んだ。
「シュータ、何が起きたの? 平気?」
ああ、平気だ。なぜか体が言うことを聞かなくって。
「シュータ、何か返答して。目がおかしいわよ。光が無い」
え? 俺、声が出ていなかった? 待って、ヤバい。
「シュータ!」
俺は再び勢い良く起き上がると、フェンスにしがみ付いて足を掛け、ひとっ飛びに乗り越えた。ミヨの手が左足のつま先に触れた感触がした。
「あ」
外に飛び出した瞬間、空を飛んだかのようだった。俺は斜め上に飛び出した。だが、重力により、俺と地球は互いに引き寄せ合う。引き寄せ合う速度は次第に加速していき、地面に衝突するとき、速度は最高になる——はずだった。
「ぐあっ!」
俺は死ななかった。全身に痛みを感じて起き上がると、そこには俺の頭を抱えながら倒れ込むノエルの姿があった。さっきの叫び声はノエルのものか。
「痛ったい! これは流石に気持ち良くありませーん!」
その下にはルリの腕が重なっていた。さらに下には分厚い毛布が数点。どうやらノエルが空中で受け止め、ルリの腕が地上でクッションをし、毛布が最後の衝撃を吸い込んだようだった。よく咄嗟にこんなことできたな。
俺は幸い体を打っただけだったが、二人は無事だろうか。六階相当から落ちて来たんだから、加速が充分な自動車くらいの衝撃があっただろう。
「ちょっと、ノエルくん。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫っす。シュータ先輩は?」
ルリが目を覗き込んできた。俺は平気だ。
「シュータくん。目が混濁してます。意識が朦朧としてるかも」
ルリが鏡で光を反射させて、俺の目を眩ませてくる。やめろ、眩しい。
「反応はしてるみたい」
どうして体が言うこと聞かないのだろう。
「シュータ!」
ミヨが屋上から声を掛けてくる。身を乗り出している。お前も落ちるなよ。
「先輩は、生きています! 早く美月先輩を」
ノエルが腹いっぱい声を出して応じた。
「痛たた。叫ぶとあばらが痛む」
「ノエルくんはそこに寝転がって動かないで。シュータくんはこっち」
ルリは俺の脇を抱えて移動させる。周囲から救護に加わろうとした生徒を止めて、ルリは俺の目を覗いた。そして、耳に口元を近付けてくる。
「シュータくんの体内に治療用のコンピューターを入れてもいいですか? 良かったら三回瞬きして」
治療用コンピューター? 美月やルリが体内に入れているという超小型のやつか。体内を巡って病気や怪我も治せるという。俺は何度も瞬きをした。好きにしてくれ。駄目だとしても、美月なら後で対処してくれるだろう。
「わかった? 飲んで」
ルリは俺の口に青と白のカプセルを突っ込んだ。そして水で流し込む。
「どう? 気分は良くなった?」
そんなに即効性があるものなのか? 俺は晴れた空を見上げる。何も変わらない。一体何が起きたんだ? すると——瞬き。




