十三.宝と見え、麗しきこと並ぶべきものなし(20)
俺は二年一組の教室前にいた。これからミヨのお化け屋敷に入るため、行列に並んでいる。隣にはルリ。ルリには来るなと言ったが付いて来た。二人でいるところを美月に見られたら大変だと思う。ま、いっか。どうせ既に機嫌悪いんだし。
十分並んでやっと入れた。回転効率が悪いのと、人気店という理由のようだ。ま、頑張って作ってたから当たり前の結果だ。星陽高校文化祭の中でもトップクラスの意欲作になっているだろう。ルリは真っ暗な教室に入ると途端に手を握ってきた。よく見るとブルブル震えている。俺は手を引っ張ってやる。
「怖いのかよ。おっ……と」
足元から人が出て来てビビった。
「怖いですよ。こういうのニガテなんです。キャアア!」
ルリはガシャンという物音に驚いた。
「そっちにお化け屋敷は無いのか」
「あ、あるけどおおお! ルリはホラー系よりエッチ系が大好きなの——んやあん!」
うるせえ。鼓膜が壊れそうだ。俺たちが手探りで前に進んで行くと、中盤辺りで生首が降って来た。佐奈子が作ってたやつだ。
「キャアアアアア!」
「うるさ——って、どこ触ってんだテメエ!」
「ごめーん、ついでに掴んじゃいました」
「泣きながら触ってんじゃ、おい手を放せ」
「えー、いいじゃないですかー? 暗闇プレイだあー。それー」
「アンタらお化け屋敷で何やってんのよ!」
いきなり第三者の怒鳴り声が聞こえたと思ったら、殴られていた。ここってバイオレンスホラーだったのか。
「お化け屋敷でイチャつくな! すぐ出て行きなさい!」
物陰から出て来た黒子は、生首のぶら下がった釣竿を持ちながら怒鳴った。
「こっわ。早く出ましょー」
ルリに引っ張られて出て行くことにした。後半は速足だ。
「結局、俺の作った井戸はいずこだったんだろーな」
眩しい廊下に飛び出た俺の第一声を、ルリはスルーした。なぜなら正面には、美月がいたからだ。最悪のタイミングで出て来やがって。
「美月だ! ここで会ったが百年目ですよ、整形女め」
ルリの突き付けた指を美月は無視した。片瀬、福岡と、にこやかに話して行ってしまう。美月のヤツ、俺のことまで見て見ぬフリしたな。
「ルリ、追い掛けよう」
「もっちろんです。許しがたい」
俺は美月の背中に声を掛ける。
「おい、美月!」
美月が振り返る。気まずそうな片瀬と福岡も。
「何です?」
「さっき俺のこと、無視したよな?」
「はい。挨拶する必要も無いかなと思いまして」
さては、まだカンカンに怒ってるな。
「わかったよ。そっちがその気なら俺もトコトンやってやる。俺も全力で喧嘩してやるよ。その代わり、やるからには美月にとって人生で一番の大喧嘩にしてやる。美月も全力で怒ってこいよ。そうじゃなきゃ後々思い出すとき恥ずかしくなるからな!」
俺は堂々と宣言した。美月は怪訝な顔をしている。
「アナタの好きになさってください。では——」
「ちょっと待て! ルリがシュータくんの初めてになっちゃうよ」
ルリもビシッと宣言する。美月は目を合わせるのすら嫌がっていた。俺もルリと知り合いだと思われるのが恥ずかしい。
「それも好きになさってください。お似合いじゃないですか?」
いつから憎まれ口を叩けるようになったんだ。中々上等じゃないか。
「いいんだー? シュータくんと〈ピーーーーーーーーーーー〉の後にルリは〈ピーーーーーーーーーーー〉なんだからね。美月の〈ピーーーーーーーーーーー〉しちゃうわよ」
正々堂々と下ネタで応酬した。お前はどこでも誰でも下ネタだな。下ネタは時代を超えて通用するコミュニケーションツールとでも思っているのかもしれない。
「はい?」
美月はそういうことに疎いので、全く意味がわからなかったようだ。一方、片瀬と福岡は顔を真っ赤にして俯いてしまっている。俺も不意討ちだったら、冷静にピー音を入れられずに耳を塞いでいただろう。
「ああああああああああああ相田くん、美月ちゃんにフラれたからって、こんな公序良俗に反するギャルと付き合っちゃ駄目だよおー」
福岡は必死に泣きそうになって止めに入った。俺はコイツと付き合ってない。
「ルリはー、石島くんやノエルくんの恋人なので」
「石島くんやノエルくんがアナタみたいな女と知り合いなワケあるかっ」
片瀬も慌てて入ってきたが、実は、ルリはその美男二人と知り合いだ。こんな感じで俺たちがわちゃわちゃしているのを、美月は一瞬だけ横目で寂しそうに見た。
「もういいです。さよなら」
俺にそう告げて、美月は行ってしまった。
「相田、しばらく美月ちゃんのことはそっとしておいてあげなよ」
片瀬の言うのももっともだ。今日はもう話さない。ミヨが家に帰ってから——あ。今、美月はホテル住まいでミヨとは一緒じゃないんだ。くっそ。じゃあミヨの説得も効力が薄いかもしれない。美月を一人で悩ませてしまうなんて、心配だな。
「わかった。早めに仲直りするからさ」
俺は二人を安心させて美月の後を追わせた。時刻は3時。残り一時間で今日の文化祭は終わるから、あとは一人で過ごそう。今度こそ。
「じゃ、ルリちゃんは一回帰ろっかなー。明日も来ますネ」
「お前、事件起こさないんだな」
「うん。本当にサボっちゃっただけなの。サボったらサボったで大変なんだけど」
なら最初からしっかりやれよな。そんなに訓練とやらが嫌だったのかな。
「シュータくん、また会いませう」
ルリは階段を下りて行った。まさか、帰る先は未来じゃなくて近所の宿泊所なのか。職権乱用というか、楽しそうなヤツだ。
俺は、翁川が言っていた弓道部のヨーヨーすくいを体験し、ノエルのクラスの射的もやって残りの時間を潰した。ノエルに会って少し話したが、別に建設的な話はできなかった。
文化祭が終わって着替えをして、ロッカーからリュックを取り出して、教室に寄った。美月はもういなかった。俺は、満足感でホクホクしていた冨田と少し話すと、放置されていた美月のネクタイをリュックに入れて帰った。
家でネクタイの箱を開けてみると、特に異常は無かった。無くなったときのままだ。本当に、誰かが間違えて持って行ってしまって、それに気付いたためにそっと机の中に戻したのだろうか。だったら、匿名の弁明書でも書くのが筋だろう。どうしてコッソリ返してそのままにしたのだろうか。少なくとも誰かが移動させている。
じゃあ、誰なんだろう。考えてもわからない気がして、俺は諦めて寝てしまった。明日はこれを着けて行こう。布団の中で美月を思い出す。怒り顔で拗ねた美月。
「美月のやつ、怒ってやんの」
なぜかわからないが、美月の怒った顔を思い出すと笑ってしまった。




