十三.宝と見え、麗しきこと並ぶべきものなし(18)
「ふー。ここで腰を落ち着けましょう」
ルリは脚を伸ばして座った。俺も隣に座る。
「ルリが何があったか聞いてあげるよ。傷心した男子の心に浸け入るのは、ルリの常套手段だからね」
黙れって。俺はペットボトルを開けてキンキンに冷えたスポーツドリンクを飲んだ。
「あのネクタイのことがバレて、美月と喧嘩した。どうして隠していたんですかって。今はシカトされてる」
俺が事実を教えると、ルリはキャハハと甲高い声で笑った。
「うそー。美月ってそういうヘソの曲げ方するんですか? 可愛いじゃん」
当人じゃないから可愛いだなんて思えるのさ。俺は心が折れた。
「へー。でも、ある意味ラッキーじゃない?」
ルリは卑猥な口使いでチョコバナナを食べた。もうツッコまない。
「何がラッキーなんだよ」
「だって、ルリは過去にも美月が怒ってる場面を見たこと無いですよ。初・怒らせです」
そうなんだ。滅多に、と言うか一回も怒ったことが無い女の子を怒らせたんだ。
「全然ラッキーじゃないじゃねえか。どうしたら仲直りできるんだろう」
ルリは俺にチョコバナナを向けてきた。ほとんどチョコが舐め取られてる。こんなもの食えるか。俺ははねつける。
「ラッキーだよ。怒るってことは、よほど大事なものがあるってことだもん」
——そっか。美月にとって、何でも話せる俺との信頼関係が大事だったのかな。
「美月に大事なものを最初にあげたんでしょ?」
う。ルリにいいこと言われると腹立つ。ルリはバナナをまた一口食べる。
「美月はさ、未来でどういう子だったの?」
「んー? 美月の話?」
ルリはビニール袋にゴミとなった串を突っ込み、俺の手からリンゴ飴を受け取る。
「お前は美月と一方的に知り合いだったんだろ? 教えてよ」
「本人やイベくんに訊けばいいんじゃないですか?」
美月やイベは答えてくれるのかわからない。訊いていいのかもわからない。
「意外と連携が甘いんですね。いいですよ。あっちで見た美月のことね。って、これ食べにくいです~」
ルリはリンゴ飴が上手く食べられないようだった。貸せ。
「噛んでいい?」
「間接キッス? どんと来いデス」
俺は、リンゴに付いた飴のへりをかじって穴を開ける。
「ここから、歯を使っていけ」
「頼りになるじゃん。歯でいきまーす」
ルリは俺が削った部分に食い付く。「美味しい」と笑顔になった。
「美月の話は?」
「うっま。あ、そうですね。確かに今となっては一方通行的にしか美月を知りません」
「それはどうしてなんだ?」
「美月がルリみたいな下っ端の落ちこぼれに興味が無いからでしょう」
ルリは落ちこぼれの下っ端。じゃあ、美月はエリートの上ってことなんだ。
「そうとは限らないです。美月は元々他人に興味が無さそうな人でしたから」
意味がわからん。どういうこと?
「美月は、初めに会ったときは無表情で無感動な人間でした。今じゃ考えられないくらい」
……そうなの?
「つい数年前までは。ですが、イベくんやお母さんと話す中で少しずつ人間らしくなっていった感じでした。でも、基本は業務上の話ばかりしていました。だから他のことにしか興味なかったんです」
仕事熱心、というだけじゃないよな。なんで表情と感情が無かったんだよ。
「それは、お姉ちゃんに怒られるから言えないかな。乙女の恥部ってことで」
同じ未来人でもルリや伊部はあんなに感情豊かなんだ。なのに美月だけがそうだったのには理由があるんだろ。
「ゴメンね。言えないの。だけどシュータくんに会ってから美月は劇的に変わったね」
俺だけじゃない。ミヨも、ノエルも、クラスメイトも、アリスも皆のおかげだ。
「ルリもそれはいい傾向だと思う。今までなら泣いたり怒ったりしない子だったもん。ルリは今の美月の方が好き」
俺もだ。感情が無い美月なんか想像できない。ルリは懐かしそうに笑う。
「もう覚えてないかもしれないけど、そういうシュータくんのおかげなんだよ」
「え? 何か言った?」
「なあーんにも。エヘへ」
ルリは舌を出して笑った。変なヤツだな。俺は溜息を吐いてスポドリを飲んだ。




