十三.宝と見え、麗しきこと並ぶべきものなし(16)
「なんで深雪が来るんだ」
「なんでって、相変わらずヒドい人」
相園は階段を上がって来て、俺の前に立つ。
「去年の大変だったこと、思い出すだろ」
「あったね。懐かしい」
相園の左腕には「生徒会」の腕章が付いている。去年はコイツとこうして走り回っていたっけ。
「アイくんは去年のこと思い出したくないのか、忘れたのかと思ってた」
「忘れられるわけ無いだろ。ちゃんと覚えてる。だから今年は忙しい実行委員にならなかったんだ」
相園は吹き出したように笑った。何が面白いんだろうか。
「文化祭の後からアイくんに避けられてるような気がしてて。私の勘違いだったのかな」
「はあ? なんで俺が避けてると思うんだ? 皆の前で話していると深雪が可哀想だと思うことは少しあったけど」
「そういうことだったの? じゃあ私が勘違いしてただけだ」
いつ俺が相園を嫌っているように思わせたのだろう。気付かなかった。
「あれ、でも元気ないね。今にも溜息を吐きそうな——それはいつものことか」
「あのなあ。ま、元気が無いのは事実だ。さっき喧嘩した」
「え、大丈夫⁉ 怪我してない?」
「やっ、殴り合いじゃない。口喧嘩」
相園は俺の顔を覗いてくる。至近距離。顔が赤くなったのが自覚できる。
「やっぱり、みよりんと?」
「違う」
「美月さんと?」
美月を知ってるのか。美月は有名人だから知っていて当然か。
「うん」
「ふん、そっか。私でいいなら相談に——って、もう行かないと!」
相園は手首の腕時計を見て驚いた。お前は仕事中だったんだろ。
「お疲れ様。行って来な」
「じゃあ、また会おうね」
相園は手を振った。俺も手を振り返して、階段を下る。
「絶対助けるからね」
——何? 俺は振り返った。が、しかし誰もいない。相園が言ったんじゃないよな。それじゃ意味が通じないし。なら、誰が言ったんだ?
俺は階段を下りて一階に向かった。校庭で焼きそばを買って、ベンチで食ってから特別棟五階の音楽室に行った。1時半からの佐奈子の演劇を観るんだ。部屋の入り口には演目表が貼られている。今回の公演は、三島のドロドロ戯曲かよ。公演時間は三十分だった。原作を上手く短縮するらしい。俺は教室の扉を開けて、後ろの方の席を探した。が、見たくないヤツの顔を見つけた。
「ああー、シュータじゃない!」
今日初のミヨ。窓側の席に座って脚を組んでいる。一流の舞台評論家気取りか。
「何言ってんのよ。隣に座りなさい」
ミヨに差し出された席に座る。後ろから三列目ってのは結構だが、中央の座席の方がいいんだよな。映画館でもさ、端っこの席は選ばない。
「トイレ行きやすいじゃない。じゃなくて!」
怒るミヨの顔を見る。ミヨは膝の上に乗せたポップコーンを食べてから話した。
「アンタ、美月とケンカしたんですってね」
ミヨにもバレてたのか。俺は視線を外す。窓の向こうでは、本棟の屋上で風船が浮かんでいるのが見えた。
「私がね、シュータと美月のウェイトレスを見に行ったら、美月しかいなかったの。だから美月にどうしてシュータはいないの? って訊いたら知りませんって。だから岡ちゃんに訊いたら、ケンカしたみたいと教えてくれたワケ。嘘じゃないんでしょうね」
「ああ。その通りさ」
「詳しく教えなさいよ」
俺はネクタイのこと、ルリのこと、美月がキレたことを全部ミヨに教えた。
「ネクタイが喪失して復活して、あの変態が来てて、仏の美月が怒って——シュータは本当に大手のトラブルメーカーね!」
ガッカリだが事実は事実。
「しゃーねーじゃん。まず、どうすればいいと思う?」
俺は膝に頬杖をつく。
「仲直りでしょ。でもこれは私がやるわ。今日放課後に美月と話してみる」
「うん。俺の話は聞いてくれそうにない」
「美月って怒らせたら怖いタイプだったのね……」
俺もこんなことになるとは思わなかった。喧嘩をこじらせる系なのかもしれない。
「次はルリね。あの子はいつも何かをしでかすわ。今回も裏があるに違いない」
そうかな。一応動向は注意しておく方がいいかもしれない。
「ネクタイの方は、戻って来れば解決したも同然でしょ。原因を考えたいなら一人でやってれば?」
気になるっちゃ気になるんだよな。だが、まあいいや。
「あ、そろそろ始まるみたいよ」
演劇部員がカーテンを閉め始める。暗闇の中で演者が舞台に上がる。パッとライトが点いたとき、ドレスを身に付けた佐奈子が舞台に凛と立っていた。




