一.黄金ある竹を見つくる(2)らいと
「だっせえ。ひと笑い取るんだよ、自己紹介ってのは。ツカミが大事なんだぜ」
始業式前の自由時間。ゲラゲラ笑われている。俺の席の前にいるのは、天パで丸メガネで制服をださく着こなした冨田という男子だ。俺の数少ない友人。本当は友人なんて認めたくないけどな。
「ほっとけ。俺には向いてないんだよ」
少なくともお前のように自己紹介でスベって、日本列島に寒気を呼び戻すよりはいいだろう。俺は極力目立ちたくないんだ。
「ったく、相変わらず怠け者のぐーたらだよな。逆戻りだ」
俺はずっと怠け者だ。
「どうだか。でも俺はそんなことより、そんなつまらないことより! もっと関心事があるんだが。そうじゃないか、アイ(この呼び名は、冨田が使う俺のニックネーム。「相田」の「アイ」だけど、なぜそうなったかは詳しく訊かないでくれ)!」
俺は腕を組んで顔をしかめた。どーせコイツのことだから、
「竹本さんのことか」
「そう! 見たか、あの美くしさ。こんな幸せなクラスの一員になれるなんて、新学期早々最高かよ」と冨田は喜んでいる。
「黙れチャラ田。うざい失せろ」
野次を飛ばすのは、隣の席の片瀬。容赦なくペンケースを投げつける。顔面に当たって冨田はバルチック艦隊のようにあえなく撃沈。そう、冨田のあだ名は「チャラ田」といって、去年から可愛い女子のケツばっか追い掛けているのが由来だ。
「なんでまたアホ共と同じクラスなの。サイアク」
ショートヘアを力なく振るのは、隣の片瀬。コイツも去年は同じクラス。水泳部。腕っぷしが強い。そして不真面目でうるさい冨田を目の敵にしている。俺も、なのかな。ってか俺までアホ認定しないでくれ。お前よりは断然勉強できる。
「痛ってえなあ。男子なら誰だって、竹本ちゃんを見たら舞い踊るもんだろ」
冨田は片瀬にペンケースを返す。俺は舞い踊るより、その直前に見た変な映像の方が気になる。
「変な映像? あんたいつも変な妄想してそうだもんね。ドン引き」
片瀬に睨まれた。なぜそうなるんだ。
「違う。俺、見えたんだよ。教室に竹本さんが入る前から、竹本美月っていう女子が転入してくることが。なんつーか、わかったんだ」
すると二人は唖然として俺の顔を見つめた。
「おい、アイ。正気か」
「正気だ」
冨田は溜息交じりで、「そんな手段を使って、あの美少女に近付こうだなんて」と肩をすくめる。
「はあ? 本当だって!」本当に見た。
「あ、あ、相田くん。面食いだもんね」
片瀬の背後にちょこんと立っていたのは福岡という女子だ。俺とは小中学校が同じ。お団子ヘアで背丈が低い。吹奏楽部所属だ。片瀬とは仲良しらしい。コバンザメか舎弟のようにしか見えないけど。で、なぜか長い付き合いなのに、俺と話すときオドオドしているように見える――いやたぶん見間違いじゃない。もちろん心当たりが無いわけじゃないんだが。
「ちなみに俺は面食いじゃないぞ」
「よく言うわ」と片瀬が鼻で笑った。
俺は一部の同級生から「面食い」の烙印を押されている。なぜって? 黒歴史があるからだ。言っておくが百パー誤解だ。美人は嫌いじゃないけど特別面食いでもない。
「なんで竹本さんが来ることが予期できたのか。もしかしたら俺、竹本さんとどっかで会ったことあるのかもしれないな」
「なんだそれ。おいアイ、くれぐれも抜け駆けはナシだぞ。わかってるな。独身同盟だ」
冨田は握手を求めた。握手には応じてやらないが、その同盟にも独ソ不可侵条約くらいの拘束力はあると思っている。
「で、ででもそんなに言うなら声、掛けろ、掛けれ、掛ければいいじゃん!」
福岡がビシッと片瀬の右隣を指差す。そこが竹本の席なのだ。いやしかし、ここからじゃ黒山の人だかりしか見えないんだが……。竹本はクラスメイトたちの質問攻めに遭い、なかなか声も掛けられそうにない。既にクラスの人気者状態だった。
「どー考えても、アイや俺には手の届かない高嶺の花だぜ。予知だの、占いだの、運命の相手だの口実を作って近付こうなんて甘々だ。変にアプローチして玉砕なんかせず、大人しく諦めるべきだな」
冨田は手の平をひらひら振って冷やかした。俺はその手を弾く。
「本当なんだ。あとで絶対に確認する」
俺はそっぽを向いて腕組みした。
「相田が真剣になってる」と片瀬がびっくり。
「女の子のことになると、男子はね」と福岡が苦笑。
そんなんじゃねえよ。