十二.音には聞けども、いまだ見ぬ物なり(13)
朝、目が覚めると、私はまず洗面所に向かう。ドライヤーで髪の毛のボサボサを整えて櫛で解かす。それから髪を耳よりちょっと高い位置で結って、洗顔をする。歯磨きをすると、化粧水や乳液を顔に塗る。そしてトイレに行ってから、パジャマを部屋着に着替える。洗濯機を回して、二階の寝室に戻り、美月を起こす。
「こーら。美月、起きなさい」
私はエアコンを消してカーテンを開け放つ。すると美月は、
「むー。起きますう」
そう言って寝ぼけまなこで上半身を起こす。私はそれを見届けると一階に下りる。シャッターを全開にして、朝刊を取って来る。リビングに行くと、炊いてあるご飯をよそっておむすびを四つ握り、具材やふりかけで味付けする。
ついでにソーセージと目玉焼きを作っている間に、着替えた美月がリビングに来る。美月には毎朝の通りミルクをマグカップで渡す。美月は眠たそうにそれを飲むのが日課だった。
そうしているうちに洗濯機が仕事を終えるので、洗濯物をカゴに入れて二階へ運ぶ。ベランダに出てそれらをハンガーに通して干す。今日は出掛けないし、マットレスも干すことにした。私が仕事を終えて一階に下りると、美月は朝ご飯の盛り付けを完了している。
「ありがと、美月」
私はそう声を掛けて、美月とダイニングテーブルを囲む。「いただきます」と言って手を合わせ、食べ始める。大体は、今日はどこに買い物に行こうかとか、クラスメイトの話題を話す。朝食はそんなに時間を掛けずに終わりにして、二人で食器を洗う。歯磨きもして、掃除機をかけて一段落つく。八時には全ての仕事が終わった。
「はあーあ。疲れたわ。そう言えば、ミヨやノエルくんはまだかしら?」
私はソファーに横になる。美月はカーペットにペタンと可愛く座っていた。
「八時半と言ってましたし、まだじゃないでしょうか」
今日はミヨ(男)のパパとママが帰って来る日だった。到着は十一時頃だという。ミヨ(男)が来てくれないと、私は上手くできる気がしない。
「どうするのよ! 私がミヨとして上手くできるかしら?」
私は写真でしか見たことが無い人と上手く会話をする自信が無かった。
「えっと、でも、シュータさんは最近みよりんさんに似てきましたよね。とても」
そうかしら? 私は確かに前みたいに男の人の仕草をするのが恥ずかしいとは思うようになってきた。でも、私がミヨになりきれているかと言えば、心もとない。
「はーあ。早くシュータの体に戻りたいわ」
そんな感じでうだうだしていると、八時二十分に玄関の扉を叩く音がした。私が開けに行く。扉の向こうにはミヨ(男)がいた。
「よ。ちゃんと準備できてるか?」
「うるさいわね。こっちは朝から緊張しっぱなしよ!」
私が怒ると、シュータはやれやれと肩をすくめた。鼻につく仕草ね。
「えっと、シュータ先輩? 送って来ましたよ」
後ろではノエルくんが私の方を覗いていた。
「あっ。ノエルくん、いらっしゃい。さ、早くうちに入って」
「……はは。久し振りですね」
「そうね。三週間ぶりかしら」
二人をリビングに通した。そこで、美月、ミヨ(男)、ノエルくんを含めて四人で今日の作戦会議をする。
「今日の十一時には俺の父さんと母さんが帰って来る。と言うことは、遅くとも十時半には準備を終わらせたいって思ってる」
ミヨ(男)はあぐらをかいて腕を組んでいる。私はソファーに座りながら訊く。
「美月の移動はどうするのよ?」
「それは早いに越したことは無いだろ。荷物や美月本人はすぐにでも俺の部屋に送っちまった方がいい」とミヨ(男)。
美月はミヨの両親と会わせるわけにいかない。だからひとまずシュータの部屋に匿う予定だった。服なんかの荷物も全部ね。
「じゃあ、私はどうしたらいいの?」
「それには、俺に考えがある。流石に一人は危険だからさ」
ミヨ(男)はそう言った。コイツに何かいいアイデアでもあるのかしら?
「今日の初面会には俺が付き添う。俺がシュータの隣でサポートする」
え? どういうこと? ミヨ(男)が私の隣にいてくれるなら心強いけど。
「でも、待ってください。シュータさん——ではなくみよりんさん。付き添うって言ってもどういう口実で付き添うのですか?」
美月の言う通りよ。私とシュータは何も関係ない人間だもの。シュータの見た目をしたミヨがいたら不自然じゃない。
「だからそこはさ、上手く言い訳を作って。俺がミヨの、というかシュータの交際相手ってことにすればいいじゃん。両親に紹介したいからってことで同席させてもらえば、俺だってフォローアップできるし」
げ。ミヨとシュータが付き合ってるってことにするの?
「そうじゃないと受け入れてもらえないだろ。諦めてくれよ。横から助言挟むからさ」
ミヨ(男)はそう言う。まあ、味方がいるのは心強い。
「じゃあ作戦はそれで決まりね。そうと決まれば、準備と打ち合わせに入るわよ!」
俺は人差し指を天井に突き付ける。
「さ、美月もノエルくんも手伝って」
ノエルくんはしかし、あまり釈然としない様子だった。
「どうしたのよ、ノエルくん」
「あの、失礼ですが、シュータ先輩ですよね?」
私に向かってそう訊いた。
「そうよ。中身はシュータよ。何週間も会ってないから不自然かしら?」
「そうっすよね。いや、あまりにもお二人が上手に入れ替わっているから」
ノエルくんは言いにくそうに言った。
「私もわかります。最近は本当に入れ替わっているのかどうか見分けがつかないくらいなんです。とても馴染んでいて」
美月までそんなことを言う。そんなに馴染んでしまったかしら。
「そもそも、シュータ先輩はどうして『私』って自称しているんですか?」
「それは……『俺』って言うのが恥ずかしいからじゃない。だって、男の子みたいでしょ。ガサツな女の子だって思われたくないし」
「みよりん先輩も?」
「ああ。今更自分のことを『私』って言えないだろ」
ミヨ(男)も恥ずかしがっていた。
準備を行わないといけないので、美月に割り当てられた部屋に行く。そこには美月の私物や勉強道具がある。
「これを今からシュータさんの部屋に転送します」
美月はそう言うと、部屋の隅から一本の野球バットくらいの長さの棒を取り出して来た。それは何なの?
「これは転送装置ですよ。物質を粒子状に解体・構成ができます」
美月はその棒の先端を指で押す。すると、棒は広がっていって、マッチ棒で作った正方形の箱のようになった。
「この直方体の空間内に物を置きます。例えば……」
美月は教科書類をその空間に配置する。
「こうして座標を設定して……」
美月は自分にだけ見えているデジタル画面を操作する。すると、ポンっと物が消えた。
「転送完了です。これでもうシュータさんの部屋に物が移送できました」
「すごいじゃない!」
私は美月の肩を掴んだ。美月は苦笑して喜んだ。
「他にも、ゼロから物質を再現することも可能ですよ」
美月がもう一度操作すると、今度は中にトイレットペーパーが出て来た。
「こうやっても使えるのです」
すごいわ。こうやって使えるのね。
「世界中のどこかにある原子を引っ張って来て再現するので、無限に物が生み出せるわけじゃないんですが、あると便利ですよね」
ミヨ(男)は知っていたようだけど、これほど便利なことはないと思った。




