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みらいひめ  作者: 日野
三章/阿部篇 Who done it?
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十二.音には聞けども、いまだ見ぬ物なり(12)

 翌日は午前にウイスキー工場に行った。率直に言うと、高校生が酒を造っているのを見学しても楽しく——楽しいです、ハイ。俺は自由見学の時間にミヨ(男)に話し掛けられた。お土産を売っている店の前だった。


「あ、いた」

 ミヨ(男)は客観的に見ると、まあまあカッコいいんじゃないかと思った。ミヨがスタイリストになったからかな。


「何か用?」


「何か用? じゃない。話があるから来たのよ」

 ミヨ(男)は怒っていた。怒りんぼ。


「美月はどこにいるんだ?」

「美月は岡ちゃんたちと一緒。ちなみに体調は万全よ」


 良かった。あれ以降、ミヨには気を遣ってもらっていたが、何も無いなら安心だ。


「実はね、帰ってからのことなんだけど、伝えなきゃいけないことがあって。未来が見えたのよ」

 久し振りの未来予知だな。その能力、まだ働いているんだ。


「しょうがないでしょ。未来が見えても、それを伝えたら『改変』できてしまうの。だから有利になるとき以外は口外しないようにしてる」


「わかったよ。それで、何の未来なんだ?」

 ミヨ(男)は言いにくそうな雰囲気だった。


「その、来週なんだけど。パパとママが帰って来ると思う」


「ミヨの両親が家に? なんでいきなり。そんな急に帰って来るのか」

 ミヨの両親は家を離れて仕事をしている。だから、美月が居候しても気付かれなかったのだ。


「月に四、五日くらいかな。今月は月末に帰って来て、翌週の文化祭まで滞在するみたい」


 げ、今帰って来るなよと思ったが、あの家は蘭家であって、決して俺や美月の隠れ家じゃない。


「俺や美月はどうしたらいいのかな」


 俺自身はミヨの見た目をしているわけだし、俺がミヨを装うべきだろう。でもミヨが両親とどう接しているかなんかわかりっこないぞ。


「それは、これから対策を考えましょ。美月と美月の荷物はまた他の所に移さないと」

 そりゃ、美月は本来いないはずの人間だからな。勝手に住まわせていたとは言えない。


「俺は?」

「それも後で。また今度」


 俺は思わず溜息を吐いた。次から次に問題が持ち上がってくる。まあ、何とかなるだろう。今までだって何とかならなかったことは無いんだ。帰納的に安心だ。


「それはそうと。アンタ、相園深雪ちゃんって知ってる?」

 ミヨ(男)が小声で尋ねる。


「え、なんで深雪?」


 訊き返すと、怪訝そうな顔をされた。


「昨日の夜、ホテルのロビーで会ったんだけど、話し掛けてきたのよ。アイくんにプレゼントって」

 ミヨはキーホルダーを見せる。小さい木彫りの熊だ。


「どうしてコレをくれたんだ?」

「こっちが訊きたいわよ! 貴方たち知り合いだったの?」


「それは……まあ、去年から」

「去年がどうしたのよ。どういう経緯でプレゼントなんかするのよ」


「去年、俺が文化祭実行委員で、深雪は生徒会の文化祭担当。知り合いっちゃあ、知り合いなんだ。そのときに世話になったお礼にくれたんじゃないか? 律儀なヤツだからさ。知らんけど」


「ふうん。で、アイくん、深雪って呼び合ってるのは?」


「いや、それは違って——」


 そう言ったとき、後ろから声がした。


「あれ、みよりんと相田くんだ」

 後ろにいたのは佐奈子と翁川だった。


「仲いいね」と翁川はニコニコしている。

「俺たち、ちっとも仲良くないって」


 ミヨ(男)がムキになって反論した。そこまで言わなくてもいいじゃん。


「私だって、別にシュータと話したくて話してるわけじゃないし」と俺。


「あっそ。せっかく教えてあげたのにさ」

 ミヨ(男)は本当に怒りやがった。佐奈子の目の前でやめろ。


「はは。痴話喧嘩だ」

 佐奈子に笑われた。くっ、恥ずかしい。


「そういうサナちゃんは、痴話喧嘩しないの?」

 俺の質問に、佐奈子は首を傾げて「あんまり」と言った。


「翁川くんも?」とミヨ(男)。


「思い出せないなあ」

 翁川もそう言った。なんて円満カップルなんだ。俺とミヨは目を合わせて溜息を吐いた。



 修学旅行も折り返し地点を過ぎているので、あとはダラダラと満喫すればいいはずだった。だけど、俺はそうもできなかったのだった。


 午後は旭川にある動物園に行った。園内は自由行動だったので、俺は同じ班の坂元たちと一緒に見て回っていたわけだが、当然美月やミヨ(男)たちと出くわして、合流することになった。何だかんだ美月と一緒に過ごす時間が持てたのは嬉しい。


 しかし、その美月が石島とも仲良くしていたのは複雑だった。そりゃそうだろ? 俺は仕方なく石島も話に入れてやったりしていたのだが、あまり美月と石島が話し込むと俺の立場が無くなって、ミヨ(男)の方に声を掛けに行ってしまう。自然と美月と石島の時間を作っているようで、腹が立った。


 よく考えたら、俺はミヨにしか見えないんだから、石島としては俺を邪魔したいわけじゃないことはわかる。それに、美月にも俺がミヨとしか見えておらず、俺(女)にはさして興味も湧かないのかもしれない。


 そう思うと、今の俺は美月にとって異性ではない。魅力が特に無いことに気付いた。じゃあ、今の俺って誰なんだろう。もういっそミヨになった方がいいんじゃないか。俺は美月と友達になった方がいいのでは? そういう弱気な考えも出て来た。


 最近は苦も無くミヨのフリができるようになった。そもそも自分が元々相田周太郎じゃなくて、蘭実代だった気もする。実は入れ替わったのは思い過ごしで、俺って昔からミヨだったんじゃないだろうか。


 ——本当に俺は相田周太郎だったのか。もう曖昧でわからない。俺が呆然と過ごしている間、美月は初めて見る動物たちに心躍らせていた。



 その日は付近のホテルに宿泊し、翌日はバス移動してアイヌ文化を学んだ。一日でもいいから元の体に戻りたかった。もう既にどうやって相田周太郎として生活していたのかピンと来ない。それから近くで昼食をとり、空港に戻って帰港する。


 ――その間、俺はずっとミヨとして振る舞い続けた。


「坂元ちゃん、あのお店も見ましょう! ほら行くの。行かなきゃ駄目なの」


「石島くん、見に行かないと後悔するわよ。後悔って、航海に出た船乗りさんが自宅の電気を消し忘れたって悔やんだときに生まれた言葉かしら?」


「慶くん、写真撮って。メモリの残量まだあるでしょ。使い切りなさい」


「サナちゃん、もう一回勝負よ。次は勝つの。七十パーセント勝てる」――





 空港からは美月とミヨ(男)の三人で帰る。外は暗くなってきた午後七時だった。美月は帰りの電車で寂しそうな表情を浮かべていたのだった。


「何と言いますか、すごくもったいないですよね」


 俺もミヨ(男)も「もったいない」の意味がわからなかった。


「どういうこと?」と訊くと、


「帰るのがもったいないです。帰ってしまうと旅行が終わってしまいます。私は楽しかったです。ですが、楽しすぎて普段の生活に戻るのが嫌だなと思ってしまいます。旅行を終わらせてしまうのがもったいないです」


 俺もミヨも笑った。その感覚を「もったいない」って表すことが俺たちには無かったからだ。本当に美月は面白いことを言う。美月と一緒だと何もかも新鮮だ。


 そして、この子はあと一年半でいなくなるんだ。もう四分の一の時間は過ぎた。このままミヨとして終わってしまうのなら、それはすごく「もったいない」と思う。

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