十二.音には聞けども、いまだ見ぬ物なり(11)
「じゃあ、何だったのよ。さっきの話は」
どういう理由があって、にわかにああいうホラ話をしたんだ。
「いやあ。本当の恋ができるのは女性しかいないってことかな。何もかも捨てたとしても、相手を愛せますかってこと……ふふ」
モーパッサンの短編みたいなことを言いたいのか。全然この子の思考回路が読めない。
「ごめんね。じゃあ真面目に本当の話をしてあげる。お詫びにさ」
まあ夜は長いし、聞いてやろう。
「去年の夏ではあるんだけど、夏祭りでの話だよ。夏休みに私は慶も含めた友達と数人で近所の夏祭りに行った。私たちは皆で出店を見て回ったんだけど、その途中で私と慶はちょっと話したの」
ほうほう。
「彼も私も大人しいじゃん。でも、私が言ったことは面白がって聞いてくれたし、一緒にゲームやお買い物、食べ歩きをした。そんなにお互い話し込んだ風でもなかったんだけど、なんだか波長が合うって、彼と一緒だと楽しいって思ったんだ。彼も始終笑顔だった。お祭りの雰囲気も相まって、私はちょっと気になる、くらいの気持ちを抱くようになったの」
おお、打って変わって純愛系。
「でもさ、一緒に来ていた女子——美人で明るい子なんだけど、その子と慶が話していた。慶とその子は普通に話していたの。私のときと同じくらい笑って。どう感じたと思う?」
どうって。気にはなるだろう。
「ショックだった。慶にとってみれば私とその女子は同じ扱いだったの。私は慶ほど打ち解けて話せる男子はいないんだよ。私みたいに大人しい女子と話してくれる男子は慶以外に全然いない。私にとって唯一の相手だったの。
だけど、慶にとって私は数ある女子のうちの一人でしかない。それがショックだった。私は相性がいいとか、運命だとか思ったんだけど、彼はそう思っていない。片思いだったんだ。そして打ち上げ花火が始まったとき、彼は明るくて美人な子の近くで空を見てた。
私はすごく悲しかったな。花火も終わって皆はバラバラに帰って行った。私はこのままじゃ帰れないと思って彼を追い掛けて、彼の背中に声を掛けた。だって、私の片思いなんだから、私が行動しないと一生思いは伝わらないじゃん」
お、なんか少女漫画的ドラマチック展開。
「『慶、話があるんだけど』って言った。彼は笑顔で『なに?』って言った。私は焦っちゃて何を言ったらいいかわかんなくなって、単刀直入にあの子のこと好きなの? って訊いたんだ。彼はちょっと驚いて『いい人だとは思うけど』って答えた。それからね、こういうやり取りをした。
『じゃあ私のこと好き?』
『人として好感は持てるよ』
『私は慶くんのことが気になってるんだ。もしかしたら慶くんが好きになれるかもしれないって思う』
『……それは、ありがとう』
『だから、まず付き合ってみない? 好きになれるかどうかはわからない。嫌な所が見つかるかもしれない。でも、上手くいきそうだって私は思うから付き合ってみようよ。それで嫌になったら別れていいから。これから好きになって欲しい』
『うーん』
『慶くんは付き合うのすら嫌? 急なことだから困らせたかな? いいよ、断ってくれて。私は気を悪くしない』
『ううん。小野さんは素敵な人だと思う。嫌ではないよ。むしろ俺でいいのかな?』
『うん。いいよ。付き合ってください』
『……わかった。よろしく』
そういう感じで付き合ったの。それで徐々に仲良くなって今の関係になったんだ。今はお互い大好きだし、幸せだよ」
佐奈子は話し終えて脚を伸ばした。坂元は興奮した様子で、
「とってもいい話じゃん! ひとまず付き合ってこれから好きになろうとか、サナちゃん意外と大胆なんだね。そうやって慶くんを射止めたんだ。みよりんも憧れるよね?」
そう言われてもな。翁川は弓道部だから射止める方かと思った、とでも言えばいいか。そもそも、
「嘘なんでしょ?」
どうせ嘘だろうよ。佐奈子がそんなロマンチックな人間なわけない。
「嘘じゃないよ。本当だよ、みよりん。私は本気だったの。わかってくれる? この気持ち」
佐奈子は言う。マジなのか? 佐奈子がアタックしたんだ。
「それは、どういう教訓なのかしら。好きになったら迷わず当たって砕けろってこと?」
相性や運命じゃないってことを佐奈子は伝えたかったんだよな、確か。
「それもあるけど、恋愛のきっかけはそんな綺麗なものだけじゃない。『嫉妬』がきっかけってこともあるんだよってこと」
そっか。美人で明るい同級生に盗られたくないって思ったから、佐奈子は追い掛けたんだったか。その同級生は誰なんだろうな。冨田にでも訊けばわかるだろうか。
「わかった? みよりん」
わかった。わかったけどさ。
「はい、じゃあおやすみなさい」
佐奈子は隣のベッドに潜り込んだ。じゃ、俺たちも寝ようか。




