十二.音には聞けども、いまだ見ぬ物なり(10)
夕飯(ちょっと豪華で海鮮もあった。良かったな、美月)や風呂を済ませて寝る準備。もちろんすぐには寝ない。なぜなら聞きたい話があるからだ。
「おーい、サナサナちゃん」
坂元が、歩いていた佐奈子にバックハグをする。そのまま俺のベッドに倒れてくる。
「危ないよ。何?」
佐奈子は驚いている。俺も佐奈子に抱き付きたいが、理性さんが働き者のおかげでできない。理性だって夏休みや修学旅行くらい、ゆっくり休めばいいのにさ。
「話があるじゃん。昨日言っていた話」
坂元が教えると、佐奈子は思い当たったようだ。
「ああ。相性や運命だけが大事じゃないって話ね」
佐奈子は坂元を振りほどいてベッドに座る。
「いいよ。じゃあ話しても。みよりんも聞きたい?」
「うん。とっても」
俺も佐奈子の恋愛談を聞いてみたい。興味ある。
「へえ。そう言えば、みよりんが好きだって言う相田くん見たけど——」
あ、そう言えばミヨ(男)と会ったんだよな。
「悪くないんじゃない?」
どういう意味だろうか。ノット・バッド。まあまあいいよ、とかそういう意味かな。
「顔が? 性格が?」
坂元が悪徳週刊誌記者のようにしつこく詰め寄る。そんな詳しく聞きたくねーよ。
「うーん? 総合的に」
佐奈子は口角を上げて笑った。
「私も推すけどな。チャラ田や石島くんよりも」と坂元。
あんなにカッコ良かった石島よりも? どういう基準だろう。
「ってゆーか! シュータの話はいいの! サナちゃんの話は?」
照れ臭くなって遮ってしまった。ぜひ聞きたかったのだが。
「じゃあ、話したげる。私が慶と付き合ったときの話」
なっ。やっぱ佐奈子と翁川の馴れ初め……こっちが恥ずかしくなってしまいそうだ。
「恥ずかしいね。ふふ」
佐奈子は体育座りをしてクッションを抱いた。
「二人は去年から付き合ってるんだっけ」
と訊いてみる。俺は全く知らない。
「そうだよ。去年のちょうど夏休みのときにね」
一年も付き合ってるのか。長く続く秘訣とかも聞きたいが。
「どう話せばいいのかな。ま、私は彼と同じクラスだったから、夏休みに入った時点で知り合いではあったんだよね。だけど、お互いに好きではなかったと思う。だけど、恋っていきなり始まるのね」
結構、情熱的な導入だな。意外。
「夏休みで、友達と集まっておうちで遊んだことがあってね。その日は慶の家に、私と女友達一人と男友達一人で行って、四人で遊んだの。慶の家は家族が外出中だったから、好きなだけ騒げたし」
青春してるな。
「お昼ご飯食べて、その後にゲームして過ごしたな。テレビゲームやって、盛り上がってたんだけど、男友達は用事があって三時くらいで帰っちゃったんだ。それで私と女友達と慶だけになっちゃった。でも私たちは仲良かったから全然気にしなかったわ」
ここからどうやって展開するのか。
「おやつを食べようってなったの。で、ノリでじゃんけんに負けた人がコンビニでアイスを買って来ることにした。そしたら女友達が負けて、パシリに行った。慶の家には私と慶だけが残った」
おや。
「私と慶は大人しいでしょ。だから話題が急に無くなって気まずくなったの。そしたら急に夕立になって、外が土砂降り。女友達から電話があって『雨宿りしてから帰る。待ってて』って言われたんだ。時間が出来ちゃったもんだから、私はソファーで横になって『ちょっと休むね』と言った。そしたら慶は何を言うでもなく、私にタオルケットを掛けてくれた。ちょうど冷房が寒いって思っていた頃で、ありがたいと思った。慶は別になんてことない様子で、それがカッコいいって思った。こういう人に守られたいなって。キュンとしたんだ。誰だって優しくされたら好感持つじゃん。今日の美月ちゃんの立場だったら、絶対みよりんも坂元ちゃんも、石島くんを好きになるでしょ」
美月は、石島に看病してもらって嬉しかったのだろうか。役に立たなかった俺を見損なったのだろうか。
「私はそのとき慶に『ここにいて』って言って袖口を引っ張ったの。彼は『いいよ』ってソファーの下にいてくれた。彼とおうちで二人きりなのにこんなに近い。ドキドキしちゃった」
おやおや。
「最初は無言で手を繋いだの。そして私の方から思い切って抱き付いた。そして我慢できなくなって慶のほっぺにキスしようとしたの。でも彼は駄目って拒絶した。だけど私は諦められなくて、バッグを探した。バッグからお財布を出して、紙幣を彼に握らせて、無理やりキスしたの。慶は強いて拒まなかった。彼は女友達が帰って来ちゃうよって言った。外では雨がやんでいた。でもお願い、もう少しって。私と慶は女友達が帰って来るギリギリまでお互いを求め合った。その日には付き合うことになったの」
俺と坂元の顔は真っ赤だった。
「それから密かに慶とお互いの家で会うようになった。彼は私がキスしようとすると、良くないからこんな関係はやめようって言う。けれどね、私は彼が好き。大好き。とても愛しているの。だから紙幣を彼に握らせていつでも彼に愛を伝えるの。そうしたら彼は私に愛を返してくれる。私たちは深く愛し合っているのね」
おいおい、おいおい。
「今、彼は別の女の子とも付き合っているの。私はそれを知ったとき泣いた。辛いし、彼は私に全然振り向いてくれない。だから仕方なくお金だけ渡して、最低限に普通の友達として装ってくれるよう頼んでいるんだ。これが私の唯一の楽しみ。彼は月末にお金を渡すと、喜んで『来月もお話しようね』って言ってくれる。将来、仕事を始めたらもっと大きな額を渡して、キスしてもらうんだ。それが私の夢。ああ、彼に欲してもらうのが楽しみだな」
佐奈子はニコっと笑った。
「絶対ダメダメじゃない、そんな関係!」
俺は大絶叫した。金を渡して不倫をしているだと! 男にいいように使われているだけだ。目を覚ましてくれ、サナちゃん。
「私も初めて聞いた! そんなの嘘だよね? 嘘だって言って!」
坂元は半泣きで佐奈子を抱き締める。佐奈子は微笑のまま。
「うん。嘘だよ」
……へ?
「嘘ぴょん」
佐奈子は平然と言った。嘘だと?
「ごめん、さっきの話は全部ウソ。私の作り話」
「なにい!」
俺は顎が外れそうになった。佐奈子は淡々と話すから、嘘だとは思わなかった。わかりにくい冗談はやめろよな。心臓がバクバクしたぜ。まさか同級生がとは思ったけど。坂元は「このあんぽんたん!」とふて腐れた。




