十二.音には聞けども、いまだ見ぬ物なり(9)
「伊部くん、どういうことよ。未来人の科学者であるアナタが付いていながら!」
ミヨ、前を走る佐奈子に聞こえちまうだろ。もっと声抑えて。
『すまん。原因はわからない。だが、貧血ってのは本当で、血圧が一時的に低下してしまった』
そんな、ただの貧血なんかになるのかよ。
『普通は体内コンピューターがバイタルを調節してくれるからあり得ない。だけど時代を超えてしまっているから、制御やメンテが上手くいってないのかもしれないし、疲労や未来では存在しない暑さの影響かもしれない。命に別条は無いし、他者の関与は見受けられない。そこは保証する』
誰かの悪意による犯行じゃないなら安心はできる。
「美月は疲れちゃったってことなの? いつもの超能力者による事件じゃないのね?」
ミヨ(男)が心配そうに訊く。疲れか。どうしてだろう。もしかして俺に原因があるんじゃないか。俺は最近美月と暮らしていた。いつもはミヨと美月で分担していた家事だが、俺では力不足なこともあって、美月に任せなくちゃいけない仕事があった。そうやって身体的に負担をかけていたんじゃ。
それに修学旅行中は、俺が一緒にいてやれなかった。ちょっとした体調の変化に気付けなかったのも俺の責任だろう。さっきも頭痛がしたって言ってたが、あれも一つの兆候だったんだ。俺は大事を取って休ませるべきだった。
「シュータ。これはアナタだけの責任じゃないわ。大丈夫よ」
ミヨ(男)は俺を慰めてくれる。まあ、そうだとしても自分が許せないんだ。
「原因はちっともわからない?」とミヨ。
『うーん。データを振り返って見ると、徐々に異常が出て来たってよりは、急に体調が悪くなったようだな』
疲れが溜まって、というワケではないのか?
「あれ、二人とも誰と電話してるの?」
立ち止まった佐奈子が俺たちのすぐ目の前にいた。
「あ、これは、先生に連絡したの。美月が貧血になっちゃったので、しばらく様子見ますって」
俺が誤魔化す。佐奈子は「そっか」と言った。俺たちは涼しい休憩所に戻る。中では美月が長椅子に横たわっていた。
「美月、大丈夫?」
俺が枕元に行くと、美月は笑顔で「平気ですよ」と言った。顔はまだ白いけど血色はだいぶ良くなってきた。
「本当に大丈夫なんだな?」
俺の言外の意味を悟った美月は、それでも「問題ないです」と言った。
「気持ち悪くなっただけですよ。恐らく暑さのせいだと思います。目の前が暗くなって耳も遠くなって。ですが、今は改善しました。ご迷惑おかけして申し訳ありません」
謝る必要なんか無い。美月は何も悪くないんだ。
「いえ、楽しい時間に水を差してしまいましたから。石島さん、さっきは運んでくださってありがとうございます」
「全然気にしないで、こんな簡単な仕事」
石島は爽やかに笑ってみせた。石島はファインプレーだった。あんな颯爽とお姫様を運んで行くとは。これが真のイケメンか。
「皆さんもわざわざゴルフを中断して来てくれてありがとうございました」
「緊急事態って言われて遊んでいられないでしょ」
坂元が笑顔で答えた。皆で来てくれたんだな。
「慶は荷物番で残ってるよ」と佐奈子。
そっか。翁川がいなかったな。存在感が薄いから気付かなかった。
「とにかく、ゆっくり休んで」
美月は苦笑して寝たまま俺たちの話を聞いていた。
「これからどうするの? またゴルフやるのか?」
ミヨ(男)が訊く。石島は、
「してもいいけど、このまま札幌まで向かってもいいんじゃないかな。今は三時半で、美月さんのこともあるし、夜は雨が降るって予報だから早めに行って損は無いと思う。そっちなら時間も潰せるし」と言う。
流石、頼りになる。優秀なことに次の予定まで考えている。
「じゃあ、そういうことでいいんじゃないか」
と、阿諛追従する冨田。お前は石島に乗っかったってカッコ良くなれないぜ。
「じゃあ、慶に来てもらわないと」
佐奈子が苦笑していた。暑い中一人で待っていてもらっているのに申し訳なかったな。
俺たちの班は一緒に、今日宿泊するホテルのある札幌に向かった。着いてから時間があったので、市内を散策した。五時頃から雨が降り出したので、寄っていたデパートから折りたたみ傘を差してホテルに帰着した。ホテルの部屋は相変わらず綺麗だったが、如何せん疲れているので、
「ぐあああ。もう駄目」
坂元はベッドに倒れ込んだ。俺も「うへえ」とベッドに座り込む。
「ちょっと二人とも。そんなんじゃ夕飯に行けないよ」
夕飯はあと一時間で始まる。そんな元気ねーよ。
「どこかの班はラフティングに行ったとか言ってたよ」
「阿保じゃないの! 私は今日歩いただけで死んだ」
坂元は死んだらしいな。お墓は北の大地に立ててやろう。
「早く着替えて夕飯の準備。ね」
佐奈子は俺の頬を摘まんだ。はーい。




