十二.音には聞けども、いまだ見ぬ物なり(5)
「みよりんはどうなの」
佐奈子の指先は冷たかった。くすぐったい。
「みよりんは一人しかいないじゃん!」
坂元はこの前もわかりやすいって言っていたな。
「誰が気になってると思うのよ?」
ごろんと仰向けになって問うた。ミヨの体に慣れると何でも自分の思うままの仕草ができる。この前までは友人の前で寝転がったりするのは嫌がっただろうが、ミヨになりきっている間はそれもできる。ミヨの可愛さだったら許されるかなと思ってしまうのだ。これは元の体に戻ったら大変だぞと思う。
「そんなの簡単だよ。いっつも一緒にいるじゃん」
坂元は言った。いつも一緒にいる男子。ミヨと一緒にいるヤツ。誰だろう? 思い付くのは石島、ノエルあたりか。石島は断トツのイケメンだが、ミヨは好きって感じじゃないよな。変わり者だから、ああいう押しつけがましい態度が愛情表現だと思ってる可能性はあるけど。
順当に考えるならノエルなのか。ノエルはいいように使われている後輩というイメージしか無かった。だが、俺のいない所で案外信頼を寄せているのかもな。だって二人きりのSF研(ちなみに九月から正式に「SF同好会」に格下げとなる)部員だもんな。
「その人って、もしかして『あ』から名前が始まる?」
俺は坂元に恐る恐る尋ねてみる。ノエルの本名は綾部拓海だ。
「うん。そうそう」
坂元は笑った。げ、やっぱりそうなのか。大手町駅構内くらい複雑な心境だ。犬みたいな後輩がタイプなのか。なんで⁉
「ねえ嘘でしょ。私、そんなこと口にしたかしら?」
「言ってないよ。でも見てたらあからさまなんだって」
坂元はおかしいらしかった。ミヨがわかりやすくノエルに惚れているなんてことあったかな。佐奈子はよく話が見えないみたいだ。
「その人のこと、私も知ってる?」
「知ってるんじゃない? 今日も一応会ったでしょ?」
ん? 今日会ったのか? じゃあ……誰?
「え、ホント誰よ!」
飛び上がって坂元の肩を掴んだ。坂元は眼鏡を傾けてぎょっとした。
「そ、それは、相田くんでしょ」
「相田くん? 誰、それ」
佐奈子が訊いた。佐奈子が俺を知らないのは無理もない。接点は今まで無かったからさ。
「美月ちゃんとか、チャラ田と同じ班にいた男子だよ」
「いた気がするけど、全然顔を思い出せないわ」
佐奈子の印象には残らなかったらしい。畜生。
「じゃなくて! なんでミ……私がシュータのこと」
「だって、いつも相田くんの話してるし、よく連れ出してるみたいだし」
「絶対そんなのあり得ないわ! 私とシュータのどこが合うのよ!」
あのミヨだぞ。俺のことを荷物持ちか何かだと勘違いしているような女だ。そんなヤツが俺に秘めた乙女心を抱いているなんて、そんなアホな話が許されるか。もし好きならもっとお淑やかに、か弱く、いじらしくしろ。好きな男に荷物を押し付けることが無上の求愛行為だと思うなら、早急に考えを改めた方が得策だぜ。高校ならまだしも、大学の合コンとかで痛い目を見るぞ。
「サナちゃん。私と相性がいい男子がマヌケで怠惰な普遍的男子高生なわけないわよね?」
「そんなことない。みよりんの話をきちんと聞いて、しょうがねーなって言いながら付いて来てくれる相田くんは、とっても最高の相手だと思うよ、ね?」
俺と坂元に詰め寄られて、佐奈子は微妙にびっくりした。でも笑顔を取り戻して、
「私は、相性がいいだけが全てじゃないと思うな」
お、それはつまりどういう意味ですか、(恋愛の)先輩。
「恋愛のきっかけは相性とか運命だけじゃないんだよってこと」
ぜひ聞きたい。佐奈子先輩の恋愛観を。
「それはまた明日。三泊あるからね。お楽しみに。今日はもう寝よう」
佐奈子はさっさと自分のベッドに戻り、布団に潜ってしまった。
「き、気になる」
坂元と目を合わせた。ま、今晩は寝るしかないな。




