十二.音には聞けども、いまだ見ぬ物なり(3)
午後はまず、札幌近辺を自由散策となった。班ごとに観光して来いというので一組のヤツらと歩いた。色々見たぜ。時計台やレンガ造りの建物、テレビ塔、公園なんかを観に行った。途中でお土産も買って、ほら、あの白いお菓子を買った。
二時間ほどで散策を終えてバスに乗り込む。今日の宿泊地である小樽まで、バスに一時間くらい乗った。そこでは小樽の海運の歴史なんかを色々説明された。まあ、修学旅行だからな。そういうのが終わって徐々に暗くなってきたところで、自由時間になった。近くにホテルがあるので、しばらく付近を観光していいらしい。
辺りは、古風なレンガ造りの建物が並んでいて風情があった。ちょうど空も紫がかった綺麗な夕焼けだった。運河は水面が穏やかで、西洋の雰囲気を感じる。
「写真撮ろうよ。俺が撮るから」
カメラを任されていた翁川がレンズを覗いていた。その「写真撮ろうよ」は佐奈子に言ったのか?
「皆も入って。ほら、この川をバックにさ」
佐奈子が皆で撮ろうと言うのでそうした。周辺をぼんやり歩いていると、俺の姿が目に入った。俺の姿っていうか、ミヨ(男)だな。
「あれ、ミヨじゃん。何してんの?」
ミヨ(男)や美月は、片瀬や冨田たちと一緒に散歩していたようだった。
「何もしてないわよ。暇だからプラプラ歩いてるだけ」
そう答えてやった。すると片瀬が、
「みよりんが相田みたいなこと言ってる」
と言った。正直ビビった。気を抜いているとすぐミヨっぽくなくなってしまう。
「私も朝からずっと元気だったから疲れたのかもね」
俺は何とか誤魔化した。それからミヨの班と俺の班が合流して、一緒に近くを歩いた。坂元は美月や冨田を知っているし、片瀬と福岡は女子憧れの石島と話せて喜んでいた。ホント、俺に面食いだの何だのと言っておいて、現金だよな。佐奈子カップルはカメラを覗いて静かに楽しんでいた。
「な、なあ、みよりん!」
冨田が迫ってきていた。離れろ、馬鹿。
「あそこにいる女の子は誰だ? あの妙に親密に男と話している子は?」
冨田が指差していたのは、佐奈子だった。佐奈子に目を付けるとは、見る目がある。流石チャラ田の名は伊達じゃない。
「あれは、小野佐奈子さんよ。隣にいるのは彼氏」
彼氏というワードを聞いた時点で冨田は肩を落とした。
「なぜだっ! なぜ俺はいつも。まあ確かにあの男は温厚で優しそうだが、あんなに雰囲気のいい女子と既に結ばれているなんて……」
お前は修学旅行で恋愛相手を探しているのか? やめとけ。お前じゃ無理だ。
「ちょっと、チャラ田くん。みよりんを困らせているんじゃないでしょーね」
福岡が冨田の襟を引っ張った。おお、頑張れ福岡。
「岡ちゃん? ゴメンって」
冨田は福岡には強く出られないみたいだな。いい気味だ。俺は美月やミヨと話しに行く。
「あ、シュー、ミヨ。お前と全然会えないからつまんないんだよ」
ミヨ(男)が頭を掻いていた。
「私もよ。もっと美月に会いたい」と俺。
「お二人とも馴染んでいますよね。お互いに」
美月は苦笑しながら言った。馴染んでるってのはつまり、俺がミヨの体に、ミヨは俺の体に馴染んでるってことだろう。確かにミヨを装うのは苦ではなくなってきた。
「そうだな。シュータも悪くないかもしれん」
「それは困るわよ。いつか何とかして欲しいんだけど」と俺。
美月は頷いていた。
「イベくんも何も方策が見つからないらしくて」
未来人科学者のくせして無能だなあ。当面はこのままなのかな。
「今は旅行を満喫しよう。どうせ、にっちもさっちもいかないんだし」
ミヨ(男)は溜息を吐いた。そうだよな。だって今回のケースは何もできないんだもんな。敵だって誰なのかわからないし。
「美月は旅行楽しい?」
気を紛らわすために美月に訊いた。
「楽しいですよ。人生で旅行らしい旅行はしたことが無かったので」
俺とミヨ(男)は目を合わせる。旅行をしたことが無い?
「それ、どういう意味だ? み……そっちには旅行が無いのか?」
ミヨ(男)が疑いの目を向ける。近くに他の連中もいるから、「未来」って言わないよう発言には一応気を付けている。
「いえ、もちろん旅行はありますよ。でも、私は向こうで旅行をしてこなかったのです」
美月はにこにこして答えた。俺も首を捻ってしまう。美月はあれもしたことが無い、これもしたことが無いと言う。どうして何もしてこなかったのだろう。人生経験が極端に少ないのはどういう理由なのだろうか。美月は俺たちに何か隠しているのかな。
「そう。じゃあ初めての旅行ってどういう気分?」
ミヨ(男)は深く追及しなかった。俺もそれでいいと思う。意味の無い所で敵対してもつまらない。
「そうですね。無性にワクワクします。異国情緒があって非日常体験という感じがします。お友達と出掛けているので、とっても充実していますよ」
美月は微笑んだ。こういう笑顔は素敵だと思う。美月自身は悪人じゃない。たとえ俺たちに隠し事を抱えているかもしれなくても。そうだ、悪いのは伊部とかの上層の人間だろ。絶対に美月は利用されているだけなんだ。
「どうかしました? シュー、みよりんさん」
美月が顔を覗いてくる。名前をたまに間違えそうになるのが大変愛らしい。
「いや、何でもない。一緒の班にはいられないけど、旅行楽しんでね」
美月は笑顔で首肯した。もう日が暮れるな。




