十二.音には聞けども、いまだ見ぬ物なり(2)
「よ、おはよ」
端っこでしゃがんでいたのは、佐奈子だった。私服はどんなものかと思っていたが、黒っぽくて肩を出していてショートパンツで、ちょっとストリートっぽい感じだった。
「おはよ、サナちゃん。可愛いわね」
佐奈子のファッションはボーイッシュ感があるけど、それが逆に色気を出していた。つまり、この「可愛い」はミヨや美月に咎められそうな意味だった。まあ、誰も聞いてねーし。
「ふふ、このこの。みよりんも可愛いじゃん」
佐奈子は落ち着いた声音で言いながら、隣にしゃがむ俺の首をロックしてきた。やべ、近い。密着している。特権だ……いや、何でもないぜ。俺の、ほら、想い人は美月だけだ。でも美月だけを想っている禁欲主義者だからこそ、こういうとき興奮するって感じなだけで。佐奈子は彼氏持ちで他の男は普通触れないって条件がたまたまあるだけでさ。
って、全然フォローになってないか。頼むから、美月やミヨが見ていませんように。
「みよりんが見せたかった人にはもう会った?」
この服を? あいにく俺は女装を美月に見せて喜ぶ趣味は無い。だけど、ミヨは誰かとこの機会に仲良くなりたかったりしたんだろうか。
「別にそんなのいないわよ。サナちゃんだって、彼氏くんと思い出作れるといいわね」
佐奈子はちょっと目を見張って「うーん」と言った。これは照れた表情なのだろうか。コイツは全然表情が変わらん。
「仲良くは、なりたいよ」
ほっぺと耳がほんのり赤くなった。やっぱ恥ずかしがってる。可愛い。
「あ、いた。今日はよろしくね。二人とも」
こっちに来て声を掛けてきたのは、学年一イケメンの石島だった。着ている服はミヨ(男)と大して違うわけじゃないが、この人が着ているものはどれもカッコよく見える。
「よろしく、石島くん」
「今日もイケメンだね」
佐奈子はサラっとイケメンと言った。これが彼氏持ちゆえの余裕か。惚れてしまうね。
……俺はさっきから何を言ってるんだろう。たぶんだけど、ミヨや美月と離されているから欲求不満が
溜まっているんだ。佐奈子が魅力的に思える。
「ははは。光栄だね。それを言うなら、二人とも華やかでいいと思うよ」
そして爽やかスマイルで嫌味の無いこの返答。石島、そりゃ他の男が勝てないわけだ。
「私たちは当たり前に華やかよね?」
俺はミヨっぽく佐奈子に問いかける。佐奈子も、
「そうだよ。良かったね、一緒の班になれて」
石島をまた困らせるようなことを言った。石島は苦笑していた。
とまあ、こんな感じで集合して飛行機に乗り込んだ。俺は坂元や佐奈子と隣に並んで座った。到着するまで機内ではお話をしたり(ガールズトークにミヨとして乗り込むって大変なんだぞ)、トランプで遊んだりした。今頃美月はどうしているだろう。
そう考えると、とっても惜しい気がした。だって、美月が本物の飛行機に乗るんだ。きっと「これが飛ぶんですか?」と驚いて喜んでいるはずだ(アメリカからの帰国子女って設定だから、飛行機は乗ったことある体で演じなければならないだろうが)。それを見られなかっただけで、金三十グラム分くらいの損をしたに相違ない。美月と一緒にいたいぜ(切実)。
2時間弱で新千歳空港に到着する。俺は「アララギミヨ・イン・ホッカイドウ!」って叫ばないと駄目かな。旅客機を下りるときにそう思った。
空港から札幌までバス移動である。バスでも一組、二組の生徒しか乗らず、六組の美月たちとは会えなかった。札幌市内の会場で昼食ビュッフェをとった。ここで、俺は美月と再会する。
「あ、シュー……みよりんさん」
美月が言い直した。俺の隣には坂元がいる。
「あら美月。会いたかったわ」
俺は本来なら感涙に咽ぶ予定だったのだが、まあできまい。
「さっさと行こーぜ。腹減った」
ミヨ(男)は怒っていた。俺と美月が仲良くするとすぐ怒る。仲のいいカップルを見るとムカつくみたいな心理なのだろうか。俺たちはプレートを持って料理を取りに行く。
「相田くんじゃん。やっぱり、みよりんと竹本ちゃんのお守をしてるんだね」
坂元はミヨ(男)に絡んでいた。坂元はミヨ(男)に任せよう。
「ここの辺りって海鮮が美味しいんですよね。私、ウニを楽しみにして来たんですけど」
美月は家でも、旅行先でウニが食べたい、ウニが食べたいと言っていた。
「そうだよ。でも、ここには無いみたいだね」
どうもケチっているようで、刺身の入った小鉢が置いてあるだけだった。
「え。美味しいウニ、食べられないんでしょうか……」
美月は絶望的な顔になる。
「いや、他の場所でいくらでも食べられるよ」
「イクラも食べられるのですか?」
イクラって——鮭の卵の方? まあ、食べられるだろうけどさ。
「楽しみですねー。ウニ、イクラ、マグロ、イカ……」
美月は楽しそうに海鮮の名前を羅列していった。可愛い。旅行だからテンションが上がっているんだな。
「シュー、みよりんさんは楽しくないんですか?」
楽しい。だけど、行きの飛行機で話しすぎて疲れた。もう既にスタミナが残っていない。甲子園四回戦の孤高のエースくらいにな。
「野球面白かったですよね」
美月は疲れが全く見えない様子で笑った。その間も料理を選んで取っている。
「甲子園? 同学年の選手たちも出てて凄いなーって思ったよな。これ食べる?」
俺は美月にロールキャベツを美月に勧めた。美月は「食べます」と言って取る。
「星陽高校は出場しないのでしょうか?」
「ウチの弱小部じゃ百年経っても無理。千年あってもね」
美月の時代には星陽高校はおろか、惑星間移住が実現して日本も地球も無いからな。
「では、甲子園の応援は諦めて、プロ野球観戦でもしましょうね」
美月はそう提案してきた。可憐な笑顔だ。
「なるべくドーム球場にしよう」
「ふふ。シュータさんは屋外が苦手ですものね」
美月は俺がよほどおかしいみたいだった。クスクス笑われた。次は「シュータ」じゃなく「ミヨ」って呼んでくれよ。まったく。
デザートもささやかながらあって、俺たちはそれを選んでいた。美月や坂元は和風のあんみつなんかを選んでいたので、俺は小さいケーキを眺めていた。そこにミヨ(男)がやって来た。
「よ。上手くやってる?」
そんな感じで訊いてきた。俺の真似をしているのか、していないのか微妙な言い方だ。
「まあね。これ食べよ」
俺は生チョコケーキを選んだ。ミヨ(男)も同じのを取った。
「あのさ、ミヨってホワイトチョコ嫌いなの?」
そう訊いてみたら驚かれた。なんで知ってるの? という感じだ。
「いや、この前、坂元に言われて……」
「へえ。そうよ、ホワイトチョコの風味が嫌いなの。もっとチョコチョコしいのが好きなの」
チョコチョコしいって日本語はねーぞ。
「何笑ってんの? キモいんだけど」
「ゴメン、ゴメン」
「シュータは生チョコ好きなの?」
「まー、好きかな」
ミヨ(男)は「ふーん」と頷いていた。興味ないなら訊くなよ。
「私、あまりシュータのこと知らなかったんだな。そのプリン取って」
「ほいよ。俺もだ。ミヨのこと全然知らなかった」
俺たちは同じ席で食べた。旅行先で友達とご飯を食べるのって楽しいよな。美月も初めての食べ放題で楽しんでいたし、ミヨ(男)も俺として可能な限り喋っていた。久々に冨田たちとも会えて、賑やかだった。




