十一.心確かなるを選びて(16)
「何の用だ。俺は今から仕事があるんだよ」
『ルナとのラブラブ新婚生活のことか?』
なにい、こいつ聞いてたのかよ。せっかく二人だと思ったのに。俺はスマホをキッチンに運んで、皿洗いしながら会話する。
『良かったな。ルナと同じ家に泊まれて』
幸運かもしれない。だが、幸運すぎるとかえって嬉しくないもんだ。例えば、今日の冨田みたいに半日美月と遊べるってなれば喜びもひとしおだろう。しかし、俺みたいにずっと美月と過ごさないといけないとなると、もし会話がつまらないと思われたらどうしようとか、こいつ本当に怠け者なんだと思われたら嫌だとか、心配事が増えて楽しめないんだぜ。
「まあ、楽しいっちゃ楽しいかな」
結論はね。伊部は笑う。
「あのさ、美月は好きな男がいたことあるのかな?」
『なんでまた?』と伊部。
「いや、夫婦とか言ってきたり、この前なんか俺に好きかどうか訊いてきたり。恋愛に疎いのかなって思うと、でも俺のことは特別だとか言ったり、俺に恥ずかしがったりもするし。正直何考えてるのか全然わからん」
伊部は腹がちぎれるんじゃねえか、いやちぎれてしまえというレベルで笑った。
『そりゃあ、シュータ。男は好きな女の子の考えることなんか一生理解できないさ』
お前が恋愛の何を知ってるってんだ。ばーか。
『んー、そうだな。ルナは未来で仲のいい男なんか俺くらいだったぞ』
こいつ、後でシバき回してやる。
『勘違いするなよ。俺にとってルナは子供だ。世間知らず、ナイーブな子供だ。シュータのライバルにはなれないぜ』
決してなるな。
『ルナ自身は、まだ自分の気持ちを言葉とか、世間の常識に上手く当てはめられないんじゃないか。なにせ、社会に出たばかりの子供だからな。だから、少しずつシュータが色々なことを教えてやったらいいと思う。人間関係のこと』
俺だって、高校生の身分で何もわからない。俺自身のことも、実際よくわかってないのだから。
『それはそうと、お前、アララギにしか見えねえな』
ちっ、このエセ科学者め。俺は皿を洗い終わって手を拭いた。
「でもさ、ミヨの言う未来予知は俺に備わってないみたいだぜ」
『そっか。じゃあ能力は交換じゃないのかもな』
伊部は頷いた。そういやお前のデスク、本と書類が多いな。締め切りと連載に追われる小説家みたいだぜ。
『今、文献漁ってるんだけどさー、一向に中身を入れ替える方法が思い付かない。もしかしたら結構ヤバいかもしれないから覚悟しといてくれ。ルナを守って欲しい。じゃな』
伊部は切っちまった。何の覚悟だよ、おい。それと同時に風呂を沸かし終わった美月がリビングに戻って来てしまったので、俺はそれ以上問い詰められなかった。湯上がり美月は、魅力度三割増しであるから、楽しみだなー。
……伊部が持っているよりも高度な技術を使った妨害か、あるいは能力ね。
22時半。今日は疲れたから寝ようということになって二階へ行く。俺が階段の一段目に左足をかけたところで、背後の美月が言った。
「ベッドが足りないので、シュータさんは私と同じベッドでもいいですか?」
俺は叩き潰されそうになったハエのごとく、即座に反応して振り向く。
「駄目に決まってるだろ!」(ぜひお願いします!)
思っていることと反対のことを口にしてしまった。コレガ、リセイ?(心が芽生えたロボット風に)
「でも、体はみよりんさんじゃないですか」
屈託なく笑って美月は言った。
「操っているのは俺だ。よく考えてくれ。操作しているロボットが人を殺めた場合を。そのときに非があるのは操作している人間であって、ロボットじゃない。つまり、もし今回誤って美月を触ってしまった場合、非があるのはミヨじゃなくて、操作している俺だ。そうなったら俺は困るし、美月も悲しい思いをするだろう? だから絶対に駄目だ」(なんか断るのも申し訳ないですね。よろしく)
またしても理性の勝ち。それでいいんだ。だって、駄目なものは駄目。最強のトートロジーがあるじゃないか。美月は納得して「心配はしていませんが、それもそうですね」と言った。
「じゃあなんで同じ部屋で寝ようとするの!」
美月は同じ寝室の横のベッドに寝っ転がった。
「エアコンがもったいないじゃないですか。電気代や環境への深刻な負荷が掛かります」
そうかもしれないけどさ。今日は俺の貞操観念を悉く打ち破ろうとしてきてるな、神様。
「えー、ミヨに知られたら殺されそうだな。まあ伊部に監視してもらおう」
伊部は俺と美月の間に画面を浮かび上がらせて登場する。
『俺も心配してねえよ。強いて言うならそうしてやる。もし美月に手を出したら電気ショックな』
そうしてくれ。なんなら手錠、足枷だってしてくれて結構だ。
「じゃあ、お休みしましょうか。今日はご苦労様です。おやすみなさい」
「うん。おやすみ、美月」
俺はベッドに寝た。美月とおやすみを言い合うなんて、夫婦だ。心があったかい。でもなんか、これから大変そうだな。




