十一.心確かなるを選びて(12)
俺は溜息を吐いた。覚悟はしているさ。もうどうなっても知らん。
「おい、アイ、ノエル少年。早く行こうぜ」
冨田に誘われ、ミヨ(男)は男子更衣室へと消えて行った。恨みがましい顔を向けて。
「では、私たちも行きましょう」
美月に促されて俺は女子更衣室へ。こんな所、生まれ変わりでもしなきゃ入ることは無いと思っていた。禁断の花園。恐ろしいぜ。何か大事なものを失ってしまう気がする。いや、既に自分の身体という大事なものを失っているのだが。
「あの、一応プライバシーがありますので見ないでくださいね」
美月が俺の頭にマフラータオルを被せてきた。そして髪を結んでいたゴムを取ってくれる。ああ、そうでもしてくれないとだよな。俺はさながら連行される容疑者のように、頭にタオルを被って足元を見ながら、美月に連れて行ってもらった。隅にあるロッカーの所に着く。俺は座らされて壁の方を向かされていた。
「お、いた。さっさと着替えて外出よう。男子は着替えるの早いから」
片瀬と福岡が来たようだ。背後で声がする。
「そうですね。えっと、私たちは浮き輪の空気を抜くので、先に着替えて出てしまって構わないですよ」
美月が二人にそう促す。
「後でもいいじゃん。空気抜くなんて」
片瀬が言う。だってお前らがいると、色々不都合なんだって。俺はお前らや美月の方を向けないんだからさ。
「大丈夫よ。今やるの。だからさっさと着替えて出て行ってもらっていいわ。すぐ追い掛けるもの!」と俺もこいつらを説得する。
「あはは。わかった。片瀬ちゃん、そうしよ?」と福岡。
「そうね。みよりんが言うなら。お先に着替えちゃおっか」と片瀬。
ちょい待て。お前らは俺の背後で着替えるのか? 俺は浮き輪の空気を美月と一緒に抜いているが、もう何がなんだかわからなくなってきた。後ろできゃあきゃあ言いながら、片瀬と福岡が水着を脱いでいるのがわかる。衣擦れの音、弾力のある肌の音。
片瀬は引き締まっていて平らで、福岡はチビで豊満で……。うわあ、何考えているんだ! 死ね、俺の想像力。二人は級友だろ? そんな妄想するなボケ。
俺は異様に手に力が籠って、浮き輪の空気をいつもより少しだけ早く抜き切ることができた。
「よし、着替え終わっちゃった。まだ二人とも空気抜いてるの? 手伝おうか?」
片瀬が声を掛けてくる。良かった。着替えが済んだらしい。
「では、運んでもらえますか? お二人は外で待っていてもらって……」
美月に頼まれて、片瀬は「了解」と言って受け取った。そして遠のいて行ったようだ。
「シュータさん。私たちも着替えましょう」
美月は赤らんだ顔で言う。それはそうだけど、どう着替える?
「その、シュータさんには、後ろを向いてもらって」
後ろを向いている隙に美月が着替えるのか?
「無理、無理、無理! 絶対に良くない!」
見るなと言われれば、見ないことはできると思う。だけど、状況そのものが良くない。あまりに不道徳というか、理性への挑戦行為というか、羞恥の極みというか。
「俺はシャワールームに行って来る。美月は着替え終わったら呼びに来てくれ」
俺は美月の了承を勝ち得て、タオルを頭に掛けつつシャワー室に向かった。足元だけを見て歩く。何も見てない、何も聞いてない、何も言わない。
「あっ、すみません」
ドン、と誰かにぶつかった。顔を上げると水着を着た、日焼けのギャルがいた。
「すみません」
こっちも謝る。その人は会釈して行ってしまった。が、俺は同時に更衣室の、何というかな、全容を見渡してしまった。
「…………」
アララギミヨとして、第二の人生をスタートしたんだなあという気持ちだ。わーい。楽しいぞう。やっほーい。
数十秒後には、冷水のシャワーを頭からかぶっていた。ものすごく俺の中の何かが変わってしまったような、実存的なアイデンティティの危機にいるような感じだった。まるごと全部反対だ。
以前やりたかったことは、やりたくないこと。言いたかったことは、言いたくないこと。すべきことは、してはいけないこと。百八十度入れ替わってしまっている。人生観を真っ逆さまに引っくり返された気分だ。俺はこれからどうやって生きればいい?
「あ、シュータさん」
白いワンピースに着替えた美月が来た。俺はいつの間にか洗面所の鏡の前でぼうっと立っていた。映っているミヨの姿を見ながら。
「シュータさんも着替えましょう」
俺はロッカーの前に戻った。このビキニを脱ぐのか? 脱ぐというより、ミヨを脱がせているようで嫌だな。
「でも、これからも同じことをしなくてはなりません。覚悟を決めてください」
まあ、そうだよな。ミヨも同じ気持ちで着替えるのだろうし。嫌だなあ、ミヨにも俺の体を見られるのか。俺は目を瞑る。えいや、とビキニの上下を外す。そして美月に渡す。
「ではこちらを着けてください」
美月からパスされたのは、ブラジャーだった。
「いや、俺は着け方がわからん。美月がやってくれ」
美月に押し返す。美月は背後に回って、後ろから着けようとした。
「わっ」
美月、不器用すぎないか? 上手く装着できないみたいで、何度も胸を揺らされる。
「すみません。私も他人のものを着ける機会が無いので」
「きゃっ、ちょっ、だ、いいい一回ストップ!」
目を閉じた暗闇の中、俺はあまりのこそばゆさに思い切り振り向く。しかし不覚にも目を開けてしまった。下をちらりと見てしまう。
「#R&=!(*_*)k*$○%?U▽wnG#<l◇mQ×‼」
「シュータさん、お気を確かに!」
美月に背中を支えられる。ゴメン、ミヨ。いつかは見えるものだが早速見てしまった。熱中症や脱水症状も相まって倒れそうになったが、もう平気だ。
「シュータさん、もう見てしまってもいいのでは?」
一度見てしまった以上、今更だよな。流石にブラは美月に着けてもらったが、それ以外は自分で着替えた。今日のミヨは涼しげなブラウスと青のスカートだった。
「髪の毛も結びましょう」
美月が後ろに立って髪を一つに結んでくれた。
「みよりんさんは、つむじの位置の関係で少し上の方に結ぶといいですよ」
確かに体育や食事のときは、頭のちょっと上の方で髪を束ねていたっけ。
「他に、何か身だしなみで直す所はありますか?」
いや、特に無い。だが……。
「何かありましたか?」
「スカートって初めて穿いたけど、こんなに風通しがいいんだな。何も穿いてない感じがする。変態になった気分だ」
美月は苦笑した。俺なんかが本当に女子高生としてやっていけるのかね。




