十一.心確かなるを選びて(9)
俺とミヨがぶつかる三十秒前。体は元の俺の体。そういやさっき、ミヨは海パンの中を覗いていたよな。確かに自分の性別が変わってしまったことを確認するには手っ取り早い方法だが、俺の体なんだから見ちゃいかんだろう。え、アイツ、俺のホットドッグを見たのか?
「おっと」
体が走り出した。真っ直ぐミヨに向かって行く。あれ、マズい気がする。
「ノエル、止めてくれ!」
ミヨに向かって猪突猛進していた。ミヨは走って逃げ、ノエルは俺を正面から押し返す。
「サンキュ。でも——」
俺はノエルをものすごい力で突き飛ばし、ミヨを追い掛けて行った。
「ももも、もう、駄目ええええ!」
炎天下と人混みの中、ミヨが永遠に逃げられるわけも無く、俺はミヨの背中に体当たり。ミヨと俺はすっ転んだ。
「大丈夫ですか? お二人とも」
美月が駆け寄って来る。俺が目を開けると、正面には俺。
「おい、お前はミヨだな?」
俺はミヨの体で言う。俺の体を持つ男は、
「そうよ。また入れ替わっちゃったみたいね」
つまり失敗だ。これって、あれかな。あれだよな。
「あ、ではもう一度やり直しましょうか」
美月は苦笑してやり直そうとする。だが、俺もミヨもノエルも、嫌な予感を感じているはずだ。
俺はミヨの方に走っていた。たぶんだけど、俺とミヨがぶつかって入れ替わるのは「主軸」だ。だって全然避けられる予感がしない。福岡の事故やアリスの死のときと同じだ。
「ミヨ、全力で逃げろ」
ミヨは既に走って逃げていた。目の前にはノエルが立ち塞がる。
「さあ、先輩。勝負っすよ」
ノエルさん? ノエルは武闘家の顔をしていた。まるで戦闘狂が浮かべる不敵な笑み。まさか、こいつは武力でもって俺を止めようとしてるんじゃあ……。
「はあっ!」
ノエルは空手の構えを取る。おいおい、やり過ぎだって。俺は目を瞑る。
「うっ」
俺の声じゃない。ノエルの声だ。俺は、抱き付いてでも止めようとしたノエルの懐に入り、腹に裏拳を入れてしまっていた。すまない。俺の意思じゃない。俺はホットドッグを置いて行った。
俺はミヨの姿が見えていないにもかかわらず、真っ直ぐミヨの方角に進む。ミヨは姿を捉えられると、意を決してプールに飛び込んだ。俺の体も鬼ごっこをやめず、プールに飛び込む。そして、かつて無いほど綺麗な泳形でクロール。平泳ぎで逃げるミヨの背中に頭から激突した。
「痛ったい!」
ミヨの絶叫。俺は次の瞬間には背中に痛みを感じていた。自分の体を見るとミヨのものになっている。後ろには頭を抱えたミヨ(男)。
「また失敗した……」
そこに、ゆっくり水中を歩きながら美月がやって来た。
「どうでしたかー?」
駄目に決まっている。とりあえず水から上がろう。そして全体会議だ。
「はいじゃあ、皆。作戦が上手くいかないんだけど、どうしてだと思う?」
日陰にいる。先ほどのように四人で円を作って立ち、真ん中に伊部の映像を浮かべている。ミヨ(男)がまずはそう提議した。
「それは、方法が良くないのでしょうか」
美月は不安そうにそう言った。
「シュータはどう思う?」
ミヨ(男)は俺に尋ねる。
「そんなの簡単だ。今までだって、ただ時間を『遡る』だけで事件が解決できた試しなんか無い」
福岡の事件では、俺が「主軸」を割り出したことで解決できた。アリスの事件のときもそう。だから、今回だって「遡れ」ば解決、というのはありえない。
「まさしく、その通りなのよ! 馬鹿じゃないんだからもう少し対策を練らないと!」
ミヨ(男)は怒っていた。なんか、俺の顔で怒られても全然怖くないな。
「違和感が拭えないっすね。先輩方の科白と顔の組み合わせが……」
ノエルが苦笑している。
「そこは諦めろよ。俺だって違和感あるんだ」
俺もミヨの顔で言っている。ノエルは頷くが、内心面白がっているようだった。
『で、対策のことだけどさ、何かできると思うの?』
伊部はコーヒーを淹れながら話した。そっちは涼しそうだな。
「例えばこうなった原因とか、わからないかしら?」
ミヨ(男)が首を傾げる。美月は、
「何か思い当たる出来事は無いですか?」と訊いた。
今日一日でミヨと入れ替わる原因が果たしてあったか。そもそも誰かと入れ替わる原因って何だ? 何をすれば人間は入れ替われるんだ?
「シュータ先輩は何か覚えていませんか?」
ノエルが訊いてくる。ちょっと待て。今日だよな。今日あったこと。
「あ」
思い出した。絶対にこれしか無いっていう、とびきりのミスリードを。
「思い出しましたか?」
美月が可愛い水着姿で詰め寄って来る。今の俺はミヨの体だし、美月に触ってもセクハラじゃないかな? いや、相手が嫌だと思ったらセクハラ。充分セクハラに該当するな。
「ミヨ、軽食を売店で買ったときのこと覚えてるか?」
「うん、もちろんよ」
「そのとき、目の前にチュロスとホットドッグが反対に出されたよな? で、今入れ替えますねって言って、女性店員は手を交差させた」
「よ、よく覚えていたわね……。そんな細かいこと」
細かいかもしれないが、ついさっきのことだからな。ノエルが俺のことをじっと見ていた。な、何だよ。
「あ、えっと、つまりその女性店員が、『入れ替える』って言ったんですね? お二人に」
その通りだ。その直後に俺とミヨは入れ替わったんだし、怪しいだろ。
「怪しいです。とっても」
美月も賛同する。
『じゃあ、もう一度売店の列に並んでいたところまで「遡って」みればいいじゃんか。その人なら原因を知っているかもしれないぜ』
伊部もそう言う。よし、決まりだ。そこまで『遡ろう』。今回は冴えていたな。案外早くキーパーソンにたどり着いた。




